レジュメ:年齢と認知スキル − 使うか、失うか

Hanushek, E. A., Kinne, L., Witthöft, F., & Woessmann, L. (2025).
Age and cognitive skills: Use it or lose it.
Science Advances, 11(10), eads1560.
https://www.science.org/doi/full/10.1126/sciadv.ads1560


概要 (Abstract)
 本研究では、年齢と認知スキルの関係を検証する。一般に、認知スキルは30歳以降に低下し始めると考えられており、これは高齢化社会における人的資本の大きな課題となる可能性がある。本研究では、ドイツの成人を対象とした「国際成人力調査(PIAAC)」の縦断データ(PIAAC-L)を用い、3.5年後の再測定を通じて年齢ごとのスキル変化を推定した。
主な結果は以下の2点:
1. スキルは40代までは大幅に向上し、その後、読解力(literacy)はわずかに低下し、数的思考力(numeracy)はより大きく低下する。
2. スキルの低下は、日常的にスキルを使用しない人々に限られる。  一方、ホワイトカラー職や高学歴者など、スキルの使用頻度が高い層では、40代以降もスキルが向上し続ける。特に女性は高齢になると数的思考力の低下が著しい。


1. はじめに (Introduction)
認知スキル(読解力と数的思考力)は個人の収入【Hanushek et al. 2015】や国家の経済成長【Hanushek & Woessmann 2008】と密接に関係しており、高齢化によるスキル低下が経済に及ぼす影響は深刻であると考えられてきた。しかし、従来の研究の多くは、異なる世代(コホート)間の違いと年齢によるスキル変化を区別せず、横断的なデータに基づいていた。
 本研究では、ドイツのPIAAC-Lの縦断データを活用し、個々人のスキル変化を追跡することで、加齢に伴うスキル低下が実際に生じるのか、またその変化にスキルの使用頻度が影響を与えるのかを検討する。
 また、測定誤差(リバージョン・トゥ・ザ・ミーン:平均回帰)の影響を除去する統計的補正を行い、より正確な年齢-スキル関係を明らかにする。


2. 方法 (Method)
本研究では、ドイツの成人を対象としたPIAAC-L(2011-2012年調査、および2015年の再測定)を用いた。

2.1 データ
• 対象: 16~65歳の成人(N=3,263、うち雇用者2497名)
• 再測定の間隔: 3.5年
 測定項目:
• 読解力(literacy)
• 数的思考力(numeracy)

2.2 測定誤差の補正
• 認知スキルの測定には誤差が含まれるため、「リバージョン・トゥ・ザ・ミーン(平均回帰)」を補正
• 補正方法: 最初のテストスコアに基づく統計的補正を適用し、正確な年齢-スキルプロファイルを算出。

2.3 スキル使用頻度
• PIAACの質問票から**「仕事・家庭でのスキル使用頻度」**を算出。
• 頻度スコアに基づき、使用頻度が**「高い(上位50%)」** vs. 「低い(下位50%)」 でグループ分け。

2.4 回帰分析
• 年齢とスキル変化の関係を二次関数回帰モデルで推定。
• 独立変数: 年齢、職業、学歴、性別、スキル使用頻度。
• 従属変数: 読解力・数的思考力の年齢ごとの変化率。


3. 結果 (Result)
3.1 年齢ごとの平均スキル推移 (Average Age-Skill Profiles)
• 横断的データでは、読解力・数的思考力は20代後半から低下し始めるように見える。
• しかし、縦断データでは40代までスキルが向上し、その後、数的思考力の低下が顕著となる。
• 読解力の低下は比較的緩やかで、50代でも大きな変化は見られない。

3.2 スキル使用頻度による差異 (Skill Usage and Background Effects)
• スキルを頻繁に使用する人々は、年齢に関係なくスキルが向上する(特にホワイトカラー職・高学歴者)。
• 一方、スキル使用頻度が低い人々は、30代半ばからスキルが低下し始める。
• 男女差があり、特に女性の数的思考力は30代以降に低下が顕著である。

3.3 職業・学歴・性別によるスキル変化
• ホワイトカラー職と高学歴者は、40代以降もスキルが向上する。
• ブルーカラー職と低学歴者は、30代半ばからスキルが低下する。
• 男性のスキルは40代までは安定しているが、女性は特に数的思考力の低下が著しい。


図1~図5の解説

図1: OECD諸国における横断的な年齢-スキル関係
 この図は、OECD諸国の成人を対象にした「国際成人力調査(PIAAC)」のデータを用いて、年齢と認知スキル(読解力・数的思考力)の関係を横断的に示したものである。
• 横軸: 年齢(16~65歳)
• 縦軸: 標準化された認知スキル(標準偏差単位)
• データ: OECD諸国の成人(N=147,667)
• 読解力(Literacy)と数的思考力(Numeracy)は、20代後半から低下し始めるように見える
• 読解力は20歳頃から低下を始めるが、数的思考力は30代後半まではほぼ一定で、その後低下する傾向がある。
• しかし、この図は横断的データであるため、異なる世代(コホート)間の違いを反映している可能性があり、加齢によるスキル低下とは限らない。
• 本研究では、縦断的データを用いることで、加齢の影響と世代間の違いを区別し、より正確な年齢-スキル関係を明らかにする。


図2: 縦断データに基づく年齢-スキル関係
(A) 累積的な年齢-スキルプロファイル
• 縦軸: 標準化された認知スキル
• 横軸: 年齢(16~65歳)
特徴:
• 読解力は46歳、数的思考力は41歳でピークに達する。
• その後、読解力の低下は比較的緩やかだが、数的思考力は40代後半から顕著に低下する
(B) 年齢ごとのスキル変化率(年単位の変化)
• 縦軸: 年齢ごとのスキル変化率(標準偏差単位/年)
• 横軸: 年齢
 特徴:
• 45歳までは読解力と数的思考力ともに向上
• 45歳以降、スキル変化率がマイナスに転じ、特に数的思考力の低下が顕著
解釈
• 従来の横断的研究とは異なり、40代まではスキルが向上することが確認された。
• 加齢によるスキル低下は避けられないが、40代まではスキルの向上が可能であり、スキルの維持・向上には使用頻度が重要な役割を果たすことが示唆される。


図3: スキル使用頻度による年齢-スキル関係
この図は、スキル使用頻度(高・低)ごとに年齢-スキルプロファイルを比較したものである。
(A) スキル使用頻度による累積的なスキル変化
• スキル使用頻度が高い人は40代以降もスキルが向上する。
• スキル使用頻度が低い人は30代半ばからスキルが低下し始める
(B) 年齢ごとのスキル変化率
• スキル使用頻度が高い人は、45歳以降もスキルが維持または向上。
• 一方、スキル使用頻度が低い人は、30代半ばからスキル低下が始まり、加齢とともに悪化。
解釈
• スキル低下は必然ではなく、日常的なスキル使用が維持・向上のカギとなる
• 生涯学習や仕事でのスキル活用が、高齢期の認知スキル維持に不可欠


図4: 背景特性(職業・学歴・性別)による年齢-スキル関係
(A) 職業別(ブルーカラー vs. ホワイトカラー)
• ホワイトカラー職はスキルが向上し続けるが、ブルーカラー職は40歳以降にスキル低下が始まる。
(B) 学歴別(大卒 vs. 非大卒)
• 大卒者のスキルは40代以降も向上。
• 非大卒者は30代半ばからスキル低下が始まる。
(C) 性別(男性 vs. 女性)
• 女性は特に数的思考力の低下が顕著であり、30代以降に差が開く。

解釈
• ホワイトカラー職や高学歴者は、スキル使用頻度が高いため、スキル維持・向上が可能
• 女性の数的思考力低下が顕著な理由は、数学関連の仕事・活動への関与の少なさが影響している可能性がある


図5: 40歳以上のスキル変化(スキル使用頻度 × 背景特性)
特徴
• ホワイトカラー職・大卒者・男性は、スキル使用頻度が高いとスキル維持が可能。
• 一方、ブルーカラー職・非大卒者・女性は、スキル使用頻度が低い場合、スキル低下が顕著。
解釈
• スキル使用頻度がスキル維持において決定的な役割を果たす
• 政策的には、特に低学歴者やブルーカラー職、女性に向けたスキル向上の機会提供が重要


結果まとめ
• 加齢によるスキル低下は不可避ではなく、スキル使用頻度が決定的な要因である。
• 特にホワイトカラー職・高学歴者はスキル維持が可能だが、ブルーカラー職・低学歴者・女性はスキル低下のリスクが高い。
• 生涯学習や職場でのスキル活用が、認知スキル維持の鍵を握る。


4. 考察 (Discussion)
4.1 スキル低下は不可避ではない
• 従来の研究とは異なり、スキル低下は加齢による自然な現象ではなく、スキルの使用頻度によって決まる。
• これは高齢化社会において、適切な職務環境や生涯学習の機会を提供することで、スキルの低下を防ぐことができることを示唆している。

4.2 認知加齢の神経科学的要因
• 流動性知能(fluid intelligence:処理速度や記憶力)は20代以降に低下し始めるが、結晶性知能(crystallized intelligence:語彙や知識)は50歳頃まで向上する。
• 本研究の結果は、この知見と一致し、読解力は比較的安定しているが、数的思考力は早期に低下する。
• また、脳の構造変化(前頭葉機能の低下)もスキル低下に影響を与える可能性がある。

4.3 スキル使用と環境要因の重要性
• スキル使用が認知スキルの維持・向上に大きな役割を果たす。
• 仕事でのスキル活用が少ない場合、スキル低下が早まる可能性がある。
• スポーツ活動、健康的な生活習慣、社会的活動も認知スキルの維持に寄与する。

4.5 結論 (Conclusion)
• 年齢に伴うスキル低下は不可避ではなく、スキル使用頻度が大きく影響を与える。
• ホワイトカラー職や高学歴者は、40代以降もスキル向上が続く。
• 女性は男性よりも数的思考力の低下が顕著であるが、スキル使用頻度が高い場合は低下を防ぐことができる。
• 政策的には、生涯学習やスキル活用の機会を増やすことが重要である。


今後の課題
• 65歳以上の年齢層についてのデータが不足しているため、より高齢の層を対象とした研究が必要。
• ドイツ以外の国でも同様のパターンが見られるか、国際比較が求められる。


本研究の意義
 本研究は、年齢と認知スキルの関係に関する従来の常識を覆し、スキル低下を防ぐための重要な示唆を提供している。高齢化社会において、スキル使用を促進する環境作りが、経済成長や個人の生活の質を維持する鍵となることを示している。

メモ
要するに認知的スキルを使い続けるような環境に身を置く必要があるということだろうと思う。歳をとるほど個人の置かれる環境に差が出てくるので、これを意図的にコントロールすることが自分の老化を考える上での重要なことなんだろうな。

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