レジュメ:アニマル・イン・ミー:アニマルフィルターを用いた自閉症青少年の感情認識向上

 Liam Cross, Myles Farha, Gray Atherton
Journal of Autism and Developmental Disorders (2019) 49:4482–4487
DOI: 10.1007/s10803-019-04179-7


概要(Abstract)

自閉症の人々はしばしば感情認識などの心の理論(Theory of Mind, ToM)能力に課題を抱えるとされる。しかし、この困難は単なる「心の盲目(mindblindness)」ではなく、状況に応じて変化することが示唆されている。特に、自閉症者は人間よりも動物やアニメーションの感情をより適切に認識できる場合がある。本研究では、知的障害を伴う自閉症の青少年15名を対象に、人間の顔と動物フィルターを適用した顔での感情認識能力を比較した。結果として、動物の顔を用いた方が有意に高い感情認識能力を示し、特に「幸福」と「怒り」の感情において顕著な向上が見られた。さらに、人間の顔に対する認識能力が自閉症の重症度を強く予測することが示された。この研究は、社会的動機付けやToMの介入手法に関する重要な示唆を与えるものである。


研究の背景(Introduction)

心の理論(ToM)は、他者の思考や感情を推測・予測する能力であり、自閉症スペクトラム障害(ASD)の人々はこの能力に困難を抱えることが多い (Lozier et al. 2014)。従来の研究では、自閉症者は特に「幸福」「怒り」「恐れ」の感情認識が苦手であることが示されている(Sucksmith et al., 2013; Spencer et al., 2011)。しかし、最近の研究では、自閉症の人々が人間の顔よりも動物やアニメーションの顔の感情をより正確に認識できることが示唆されている(Brosnan et al., 2015; Golan et al., 2010)。

これまでの研究の多くは、知能指数(IQ)が平均以上の自閉症者を対象としており、知的障害を伴う自閉症者のToM能力についての知見は限られていた。本研究は、知的障害を伴う自閉症者においても、動物フィルターを用いることで感情認識が向上するかを検証することを目的としている。


方法(Methods)

対象者:
• イギリス東ミッドランズの自閉症・知的障害者向け寄宿学校の青少年15名(12~17歳, 平均年齢15.33歳, SD=1.54)
• 4名が女性
• 発達年齢: 4~10歳(作業療法士による評価)
• すべて自閉症診断済み、半数以上が知的障害併存

自閉症の重症度評価:
• Gillian Asperger Diagnostic Scale(GADS)(Gilliam, 2001)を使用
• 平均スコア: 80.07(SD=8.30, 範囲70–98)

倫理的配慮:
• 参加者の保護者からの同意を取得
• バッキンガム大学倫理審査委員会の承認を取得

研究デザインと手順(Design, Procedure and Materials)

デザイン:
• 被験者内デザイン(within-subjects design)
• 独立変数: 「提示タイプ(Presentation Type)」
1. オリジナル(人間の顔)
2. アニマルフィルター(動物の顔に変換)

手順

1. 感情語の理解テスト:
• 5つの基本感情(怒り、悲しみ、恐れ、幸福、驚き)を表す絵文字と単語を提示し、マッチング課題を実施(全員合格)。

2. 本実験:
• 各参加者は、人間または動物フィルターを適用した顔画像を見て、正しい感情を選択。
• 10人の異なる顔(男女2名ずつ)の画像を使用。
• それぞれの顔に5つの感情(計20画像)を適用し、ランダム提示。

刺激

• 人間の顔: Karolinska Directed Emotional Faces(KDEF)データベースより取得
• アニマルフィルター: ライオン(女性)またはゴリラ(男性)のフィルター適用


結果(Results)

•アニマルフィルター画像(M=7.33, SD=2.093)は、オリジナル人間画像(M=5.2, SD=2.455)より有意に正答率が高かった(t(14) = 3.506, p = 0.003, d = 0.92)。
• GADSスコアは、人間の顔の正答率の約70%を説明(R²=0.791, p<0.001)
• アニマルフィルター版では、GADSスコアとの関連が約30%に減少(R²=0.33, p=0.025)
• 「幸福(p<0.001)」と「怒り(p=0.02)」の認識が特に向上
• 「悲しみ(p>0.99)」「驚き(p=0.295)」「恐れ(p=0.439)」では有意差なし


考察(Discussion)

本研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)を持つ参加者が、人間の顔よりも動物フィルターを用いた非人間の顔を認識する方が感情表情識別の成功率が高く、特に「幸せ」と「怒り」でその傾向が強いことを明らかにした。GADSスコアは動物の顔よりも人間の顔での感情認識能力とより強く関連していたが、どちらも有意な予測力を示した。これまでIQが平均範囲内のASD者で示されていた、非人間エージェントに対する心の理論(ToM)の向上というパターンが、本研究では知的障害(ID)を併発する低機能のASD者でも確認された。

この背景には、自閉症者が人間との社会的交流に不安を感じる一方で、動物や非人間的な刺激に対して報酬的な社会的反応を示すことが挙げられる。つまり、人間以外のエージェントに対してToM能力が高まる可能性があることを示唆している。また、社会的自己効力感の低下が、人間以外のエージェントに慰めを見出す傾向を促進している可能性も指摘された。

本研究の限界として、対象者の重度な障害ゆえにIQを正確に測定できなかったこと、認知能力やコミュニケーション能力の異質性による交絡の可能性が挙げられた。今後の研究として、より広い自閉症スペクトラムにおける同様の傾向の調査、アイトラッキングを用いた視覚的サッケードの分析、さらに準臨床的なレベルでの検証が望まれる。本研究は、IQやコミュニケーション能力に依存しない、自閉症スペクトラムに共通する特性の解明に重要な示唆を与えている。


メモ
この研究は、結局、自閉症のある人がアニマルフィルターを通した方が感情を理解しやすいということの理由を説明していないと思う。要するに、アニマルフィルターや先行研究のアニメ方が、情報量が少ないというか、着目すべき点が明確であるということが効いているのではないか。だとしたら、自閉症の有無というゼロイチで論理を展開しなくてもいいのではないか。

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