レジュメ:自閉症における言語獲得の遺伝的能力と構造化情報の役割

 In Prototypical Autism, the Genetic Ability to Learn Language Is Triggered by Structured Information, Not Only by Exposure to Oral Language
Laurent Mottron, Alexia Ostrolenk, David Gagnon
Genes (2021), 12(1112)
https://www.mdpi.com/2073-4425/12/8/1112

1. 要旨(Abstract)

本論文は、典型的な自閉症(prototypical autism)における言語獲得のメカニズムについて理論的に検討し、自閉症児が言語をどのように迂回しながら学び、最終的に習得するかが、人間の遺伝的な言語能力に関する理解にどのような示唆を与えるのかを探る。著者らは、自閉症児が社会的相互作用を介さずに言語を学習することや、自閉症者が持つサヴァン能力が、人間が生得的に持つ高度な構造処理能力の存在を示唆していると主張する。

一般的な言語習得は、音声的な母語環境に曝露されることで自然に進行すると考えられてきたが、自閉症児の言語獲得プロセスは、それとは異なり、より広範な構造化された情報の処理能力によって駆動される可能性がある。本論文では、言語以外の規則性を持つ情報(カレンダー計算、音楽、視覚芸術など)の検出・操作能力が、自閉症児の認知的特性と密接に関連していると考察する。これは、自閉症児が言語学習においても、従来考えられてきた社会的相互作用の重要性とは異なる形で、情報処理能力を発展させることができる可能性を示している。

さらに、遺伝的な観点から、自閉症は非常に高い遺伝率を持つが、これまで発見された強い効果を持つ遺伝子変異は、自閉症の全体的な遺伝性のごく一部しか説明できないことが指摘されている。したがって、典型的な自閉症における言語獲得のメカニズムを理解することは、単に自閉症の特性を明らかにするだけでなく、言語能力の本質や、人間に固有の情報処理能力に関する理解を深めることにもつながる。

2. 序論(Introduction)

2.1. 自閉症の定義と発生率

自閉症は、神経発達のバリアントの一種であり、社会的コミュニケーションの低下、限定的な興味、反復行動、特異な知覚特性などを特徴とする。自閉症の発生率は、診断基準の定義によって異なるが、従来の狭義の自閉症(典型的な自閉症)の場合、約0.5%の割合で発生するとされる。一方、広義の自閉症スペクトラム(ASD)とされるケースでは、発生率が2%程度にまで上昇する。

典型的な自閉症では、音声言語の発達が大幅に遅れる一方で、非言語的な知能が比較的保持されることが多い。さらに、自閉症者の多くは、特定の知覚情報の処理能力において優れた特性を示すことが報告されている。これらの特性を考慮すると、自閉症における言語発達の遅れは、単なる知的障害によるものではなく、異なる学習メカニズムによるものと考えることができる。

2.2. 遺伝的要因

自閉症の発生には遺伝的要因が強く関与していることが、双生児研究などから示唆されている。一卵性双生児においては、自閉症の一致率が非常に高く、また、家族内に自閉症者がいる場合の発生率も増加することが報告されている。一方で、特定の遺伝子変異が自閉症の主要な原因となることは少なく、強い効果を持つ遺伝子変異の寄与率は5%未満であるとされる。このことから、自閉症の多様な表現型は、単一の遺伝子の異常ではなく、複数の遺伝的・環境的要因が複雑に組み合わさることによって生じる可能性がある。

3. 自閉症における言語獲得とヴェリディカル・マッピング

3.1. ヴェリディカル・マッピングの概念

本論文では、自閉症者の言語獲得を説明するために、「ヴェリディカル・マッピング(Veridical Mapping)」モデルを提案する。このモデルの基本的な考え方は、自閉症児は、社会的な言語入力がなくても、視覚的・聴覚的なパターンを検出し、それらを自己学習的に操作する能力に優れているというものである。

たとえば、自閉症児の多くは、文字や数字に対して極めて強い関心を示し、それらを自発的に学習する傾向がある。これは、「ハイパーレクシア」と呼ばれる現象で、3歳頃にすでに流暢に読むことができるケースもある。しかし、このような子どもたちが同時に音声言語を十分に発達させるとは限らない。ヴェリディカル・マッピングは、このような非社会的な情報処理メカニズムが、言語習得のプロセスにも適用される可能性を示している。

3.2. 言語とサヴァン能力の共通点

ヴェリディカル・マッピングモデルは、言語習得と自閉症における特異的能力(サヴァン能力)が共通の認知プロセスを共有するという考えに基づいている。たとえば、一部の自閉症児は、カレンダー計算、音楽、視覚芸術などにおいて、並外れた能力を示すことがある。これらの能力は、情報をパターンとして捉え、それを操作する能力に基づいている。

したがって、自閉症児が音声言語よりも書記言語や数学的な規則性に強く惹かれるのは、彼らの認知的特性が、言語の社会的側面ではなく、パターン検出と構造的操作に依存しているためである。

4. 自閉症における言語発達の進行過程(The Developmental Sequence of Language Acquisition in Autism)

4.1. 言語発達の多様性と遅延

自閉症における言語発達の進行には大きな個人差があり、いくつかの典型的なパターンが存在する。一部の自閉症児は、発語が著しく遅れ、場合によっては言語をほとんど獲得しないまま成長する。別のグループでは、初期の言語発達は遅れるものの、その後急激に言語能力が向上し、最終的には流暢に会話ができるようになる。一方で、発語の遅れがなく、言語能力が早期から正常または高度に発達するケースも報告されている。こうした多様性は、自閉症における言語の発達が、単なる知的能力の問題ではなく、異なる神経発達の経路を示していることを示唆している。

4.2. 言語発達の特徴的な現象

4.2.1. 言語の停滞期(Plateau Phase)

自閉症児の多くは、言語の発達が一時的に停止する「停滞期」を経験する。この停滞期は、通常発達の子どもにはあまり見られない特徴であり、自閉症児特有の言語発達のパターンとして知られている。この現象は、特に発語が始まった直後に頻繁に見られ、その後、しばらくの間、新しい単語を習得しない、または会話の発展が止まることがある。停滞期が過ぎると、再び言語能力が伸びるケースも多いが、その時点での発達の進行度には個人差がある。

4.2.2. エコラリア(Echolalia)

自閉症児の言語発達において、エコラリア(他者の発話をそのまま繰り返す現象)は極めて一般的である。エコラリアには、大きく分けて「即時エコラリア」と「遅延エコラリア」がある。即時エコラリアは、聞いた言葉をすぐに反復するものであり、たとえば大人が「こんにちは」と言うと、子どももすぐに「こんにちは」と繰り返す。一方で、遅延エコラリアは、過去に聞いたフレーズを時間が経過した後に使用する現象であり、文脈に応じた使用が見られることもある。遅延エコラリアが、単なる言葉の模倣ではなく、言語を学習し、適応的に使用する手段として機能する可能性が示唆されている。

4.2.3. ハイパーレクシア(Hyperlexia)

一部の自閉症児は、音声言語の発達が遅れているにもかかわらず、書かれた文字に強い関心を示し、非常に早い時期に読解能力を身につけることがある。この現象は「ハイパーレクシア」と呼ばれ、3歳前後で自然に文字を読み始めるケースが多い。しかし、ハイパーレクシアの子どもたちは、文字を読むことができても、意味理解が伴わない場合があり、音読は流暢でも、会話においては単語の使い方が限定的であったり、不自然な表現を用いることがある。この特徴は、視覚的な情報処理の優位性と関連しており、ヴェリディカル・マッピングの概念とも一致する。

5. 言語獲得の遺伝的基盤と自閉症(The Genetic Basis of Language Acquisition in Autism)

5.1. 遺伝的要因と神経発達

自閉症は、遺伝的要因が強く関与していることが数多くの研究で示されている。双生児研究では、一卵性双生児における自閉症の一致率が極めて高いことが報告されており、環境要因よりも遺伝的要因の影響が強いことが示唆されている。しかし、特定の単一遺伝子が自閉症の発生に決定的な影響を及ぼしているわけではなく、複数の遺伝子が関与する複雑な遺伝的メカニズムがあると考えられている。

5.2. ヒトの言語能力と自閉症

人間の言語能力は、生得的に組み込まれているとする仮説があるが、自閉症児の言語習得プロセスは、この仮説に対して新たな視点を提供する。たとえば、一般的な言語発達理論では、社会的相互作用を通じた言語入力が不可欠であるとされるが、自閉症児は社会的相互作用が制限されているにもかかわらず、独自の方法で言語を獲得することがある。このことは、言語能力が音声的な情報の入力だけではなく、より広範な構造化された情報の処理能力と関連している可能性を示唆している。

6. 結論(Conclusion)

本論文では、自閉症における言語発達が、従来の社会的相互作用モデルだけでは説明しきれないことを示した。特に、ヴェリディカル・マッピングモデルに基づくと、自閉症児は音声言語の入力が限られていても、構造化された情報を通じて言語を習得することが可能である。自閉症児が特定の規則性を持つ情報(文字、数字、音楽など)に対して強い関心を示すことは、言語習得のメカニズムが、単に音声のインプットと模倣に依存するものではなく、より抽象的な構造検出能力に関連している可能性を示唆する。

また、遺伝的要因と自閉症の関係についても、単一の遺伝子が決定的な役割を果たすのではなく、多様な遺伝的・環境的要因が複雑に関与していることが強調された。したがって、自閉症における言語発達の研究を進めることは、自閉症の特性理解だけでなく、言語能力の生得性や人間の認知的多様性に関する議論にも貢献するものである。

教育的観点からも、自閉症児の言語発達を支援するためには、視覚的な要素を活用したアプローチや、構造化された情報を強調する学習方法が有効であると考えられる。例えば、書かれた言語を活用した学習方法や、パターン認識能力を生かした指導が、言語発達を促進する手段となり得る。従来の社会的相互作用を重視する教育アプローチだけではなく、こうした視覚的・構造的アプローチを取り入れることが、自閉症児の言語獲得を支援する上で重要な課題となる。

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メモ

要するに、狭義の自閉症のある人が、生得的に異なる認知プロセスで言語習得をしているということなんだろうと思うが、これはそういう認知プロセスの人が自閉症的特徴を示すということもできるだろう。この論文で言いたいのは自閉症の人は「社会的な相互作用がうまく捉えられないので、結果的に『自閉症的な』言語習得をする」のではなくて、もっと生物学的なレベルで「認知的な処理方法が違うから言語習得のプロセスが違うし、同じ理由で社会的な相互作用も違う」のでは?というのが著者らの言いたいことだろう。でもこの考え方は「スペクトラム」という考え方とは相容れないように思う。どうなんだろう。情報処理の違いを踏まえて視覚的構造化のアプローチが有効だよね、という部分は同意できるが。

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