レジュメ:自閉症における言語習得の特異性:共同注意を超えて
Mikhail Kissine, Ariane Saint-Denis, Laurent Mottron
Neuroscience and Biobehavioral Reviews 153 (2023) 105384
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37683987/
概要(Abstract)
自閉症における言語プロファイルは多様であり、発話の開始が遅れることが多い一方で、一部のケースでは構造的言語能力が急激に向上することもある。共同注意(joint attention)は自閉症における言語の主要な予測因子と見なされるが、共同注意の低さは言語能力の有無に関わらず自閉症の中核的特徴である。本研究では71の研究を系統的にレビューし、自閉症において共同注意が高度な言語スキルを予測するのか、それとも初期言語スキルのみに影響を及ぼすのかを検討した。その結果、共同注意は言語発達の初期段階には重要であるが、一部の自閉症児は共同注意スキルが低くても言語を獲得する可能性があることが示唆された。言語発達を定型発達の単なる延長として捉えるのではなく、自閉症の特異性を科学的研究の焦点とするべきであると提言する。
- 序論(Introduction)
DSM-5(American Psychiatric Association, 2013)では、言語は自閉症診断の修飾因子(specifier)とされており、自閉症の核心的特徴の強度とは独立しているとされる。しかし、社会的交流の異常、特に共同注意の欠如は自閉症の中核的な特徴であり、2歳ごろから明確に観察される(Zwaigenbaum et al., 2015)。
多くの自閉症児は、音韻、語彙、形態統語に関する構造的言語の発達が非典型的であり、臨床的に認識できる軌跡を示す。3歳時点で50~60%の自閉症児は発話がないか最小限の言語能力しか持たないが、6~7歳までには60~80%が表出・受容言語を獲得する。3~7歳の期間における言語発達の軌跡は多様であり、着実な成長から急激な向上まで様々である。この期間における言語発達の予測因子を特定することは、自閉症研究の主要な課題の一つである。
従来の研究は、社会的コミュニケーション能力が言語発達を予測するとしており、共同注意はその代表的な指標とされる(Tomasello, 2008)。共同注意が確立されることで、自閉症児が言語刺激に注意を向け、コミュニケーション経験に関与する機会が増えると考えられる。しかし、発達介入が共同注意そのものを向上させることは示されているものの(Murza et al., 2016)、言語発達への影響は有意ではないとするメタ分析もある(Sandbank et al., 2020)。
共同注意と自閉症児の言語発達の関係については、以下の3つの仮説が立てられる:
• JAacross the board(全般的共同注意仮説):共同注意は初期の言語発達から高度な構造的言語能力まで予測する。
• JApivotal(言語獲得の鍵としての共同注意仮説):共同注意は言語獲得の初期段階にのみ関与するが、それ以降の発達には影響しない。
• JAnot necessary(共同注意不要仮説):共同注意が低くても、言語獲得やその後の発達が可能である。
本研究では、これらの仮説を検証するため、既存の研究を系統的にレビューする。
- 方法(Methods)
2.1 文献検索
本レビューでは、PubMed、Linguistics and Language Behavior Abstracts(LLBA)、Scopus の3つのデータベースを使用し、2019年11月から2022年6月までに発表された関連論文を検索した。検索クエリとして、「autis AND predictors of language AND joint attention*」を用いた。これ以外の検索語の組み合わせも試みたが、より良い結果は得られなかった。
検索プロセスは図1(PRISMAフローチャート)に示されている。具体的な手順は以下の通りである:
1. 初期検索結果:データベース検索により、関連する可能性のある論文を特定した。
2. スクリーニング:タイトルと要旨を確認し、選定基準を満たしていない論文を除外した。
3. 全文審査:スクリーニング後に残った論文について、全文を精査し、最終的に含めるかどうかを判断した。
4. 追加検索:レビュー論文やメタ分析の参考文献を確認し、追加で24件の研究を特定した。
5. 最終的な選定:合計71件の研究を本レビューに含めた。
表1(文献検索の選定基準)に示す通り、研究の選定基準は以下の通りである:
• 包含基準
• ASD(自閉症スペクトラム障害)の診断を受けた参加者を対象としている
• 共同注意(joint attention)と構造的言語能力(phonology, vocabulary, morphology, syntax)の関係を統計的に分析している
• 言語能力の具体的な測定(語彙サイズ、標準化された言語スコアなど)が報告されている
• 除外基準
• 1994年以前の診断基準に基づく研究(診断基準の変化に伴い、比較が困難なため)
• レビュー論文、メタ分析(ただし、参考文献として利用)
• 未発表のポスターや要旨のみの論文
• 言語能力ではなく、コミュニケーションスキル(例:Vineland適応行動尺度のコミュニケーションサブスケール)のみを測定している研究
2.2 データ分析
レビューに含まれた71件の研究について、以下の情報を抽出し、分析した:
1. 研究デザイン(縦断研究または横断研究)
2. 診断基準(明確な自閉症診断を受けた群 vs. 自閉症スペクトラム群(PDD-NOSなどを含む))
3. サンプルサイズ
4. 研究開始時の年齢および評価時の年齢
5. 共同注意の測定方法
6. 言語能力の測定方法
7. 共同注意と言語能力の関係に関する統計的推定値
• 最も保守的な効果(共同注意が非言語IQ(NVIQ)などの交絡因子を統制した後の効果)を抽出
• NVIQを統制していない研究はその旨を明示
• サンプルにPDD-NOSや「自閉症スペクトラム」の診断を含む研究についても区別した
図2(研究の要約)では、各研究を3つの仮説(JAacross the board, JApivotal, JAnot necessary)のいずれかに分類し、以下の変数とともに可視化した:
• x軸:共同注意の測定が行われた時点での年齢(平均)
• y軸:研究の著者と発表年
• 点の形状:
• ○(円):すべての参加者が厳格な自閉症診断を受けている研究
• △(三角):PDD-NOSや広義の自閉症スペクトラムを含む研究(診断基準が緩やか)
• 点のサイズ:サンプルサイズ(大きいほど、サンプルが大規模)
• 点の色:
• 緑:共同注意と言語の関係がNVIQで統制されている研究
• 赤:NVIQを統制していない研究
このような分類を行うことで、共同注意が言語発達に及ぼす影響の一貫性や、サンプルの特性が結果にどのように影響しているかを明確にすることができた。
2.3 分類の基準
各研究を以下の3つの仮説のいずれかに分類した:
1. JAacross the board(全般的共同注意仮説):
• 共同注意が初期言語能力だけでなく、高度な言語能力(例:複雑な形態統語、流暢な言語使用)まで予測する場合
• 28の研究が該当(うち7件は診断基準が厳格でNVIQ統制あり)
2. JApivotal(言語獲得の鍵としての共同注意仮説):
• 共同注意が言語獲得の初期段階(単語の習得など)にのみ関与し、それ以降の発達には影響しない場合
• 20の研究が該当(うち16件は診断基準が厳格でNVIQ統制あり)
3. JAnot necessary(共同注意不要仮説):
• 共同注意スキルが低くても言語獲得が可能であり、共同注意と言語発達の間に関連が見られない場合
• 23の研究が該当(うち8件は診断基準が厳格でNVIQ統制あり)
2.4 分析の目的
このレビューの目的は、共同注意が自閉症児の言語発達にどの程度関与しているのかを評価することである。具体的には、
1. 共同注意は、言語のすべての段階で必要なのか(JAacross the board)
2. 共同注意は、言語獲得の初期段階にのみ関与するのか(JApivotal)
3. 共同注意がなくても、言語獲得は可能なのか(JAnot necessary)
この研究では、NVIQの統制、診断基準の厳格さ、サンプルサイズといった要因を考慮しながら、これら3つの仮説のどれが最も支持されるかを検討した。
- レビュー結果(Review)
3.1 JAacross the board(全般的共同注意仮説)の支持
• 28の研究が共同注意と高度な言語発達との関連を示したが、そのうち14の研究は非言語IQ(NVIQ)を統制しておらず、11の研究は診断基準が厳格でなかった。
• 7つの研究は、厳格な診断基準を満たし、NVIQを統制しつつ、共同注意が高度な言語発達を予測することを示した。
• ただし、確実にJAacross the board仮説を支持する研究は2つのみであった(Siller & Sigman, 2008; Tek, 2010)。
3.2 JApivotal(言語獲得の鍵としての共同注意仮説)の支持
• 20の研究が共同注意が言語獲得の初期段階に限定的に関与することを示した。
• 16の研究は、厳格な診断基準を満たし、NVIQを統制していたため、JApivotal仮説を強く支持した。
3.3 JAnot necessary(共同注意不要仮説)の支持
• 23の研究が共同注意と高度な言語発達との関連がない、または低い共同注意スキルでも言語獲得が可能であることを示した。
• 8つの研究(Anderson et al., 2007; Ellis Weismer et al., 2010 など)は、厳格な診断基準とNVIQの統制を行い、JAnot necessary仮説を強く支持した。
- 議論(Discussion)
• 共同注意は言語獲得の初期段階(特に発話開始)には重要だが、その後の言語発達には必須ではない。
• 一部の自閉症児は、共同注意スキルが低くても独自のメカニズムで言語を獲得する可能性がある。
• 書字刺激(hyperlexia)や非社会的学習経路が関与している可能性がある。 - 結論(Conclusion)
• 自閉症児の言語獲得メカニズムは定型発達とは異なり、多様な学習経路が存在する。
• 言語習得の社会的要因に加え、非社会的学習プロセスへの注目が必要である。