レジュメ:リモートワークは障害のある高齢者に役立つのか?

Liu, S., & Quinby, L. D. (2024). Does Remote Work Help Older People with Disabilities?. Population20, 30.
https://crr.bc.edu/does-remote-work-help-older-people-with-disabilities/

はじめに
パンデミックの影響のひとつとして、リモートワークの普及が挙げられる。この変化は、仕事を得たり維持したりすることが難しい障害を持つ高齢者にとって、有益である可能性がある。実際、このグループの雇用率はパンデミック前よりも高くなっている。
 しかし、この雇用率の上昇には、リモートワーク以外の要因も関与している可能性がある。第一に、パンデミック以降、労働制限のある障害を持つと報告する人が増加している。これらの新たな健康問題が比較的軽度であれば、障害の増加自体がこのグループの雇用率上昇の要因となる可能性がある。第二に、近年の労働市場の逼迫も、障害者の雇用率を押し上げている可能性がある。
 本論文は新しい研究に基づき、リモートワークが障害を持つ高齢者の雇用率上昇にどの程度貢献したのか、またどのような労働者が最も恩恵を受けたのかを分析する。
 本稿は以下の構成で進める。まず、リモートワークの増加、障害を持つ高齢者の雇用動向、そして雇用率に影響を与えうる他の2つの要因(障害の増加と労働市場の逼迫)について背景を説明する。次に、データと分析方法を紹介し、その後、結果を示す。最後に、リモートワークが障害を持つ高齢者の雇用を促進し、一部の人々の労働市場への再参入を助け、他の人々の退職を防ぐ役割を果たしたことを結論づける。

背景
 パンデミックの特徴的な影響の一つに、急激なリモートワークの普及がある。この傾向は現在も労働市場に定着している。障害を持つ労働者にとって、リモートワークは通勤費用の削減、柔軟な労働時間の確保、全国規模の雇用機会の獲得などの点で、仕事を続ける上での固定費を削減する可能性がある。また、雇用主にとっても、既に自宅に整備されている設備を利用できるため、障害者雇用に伴う適応コストを削減できる。
 このような観点から、リモートワークが障害を持つ高齢者の雇用維持に貢献しているという見解が支持される。実際、データによると、このグループの雇用率はパンデミック後に急速に回復し、2021年末からはパンデミック前を上回る水準に達している。
 ただし、この雇用率の上昇には、リモートワーク以外にも影響を及ぼしている要因がある可能性がある。第一に、労働年齢人口のうち障害を持つと報告する割合が増加している。その多くは認知機能障害の増加によるものであり、「ブレインフォグ」として知られる長期的なCOVID-19後遺症と関連している可能性が指摘されている。この場合、障害者の構成が、より高い労働能力を持ち、労働市場に定着しやすい人々にシフトしている可能性がある。ただし、この傾向は主に18歳~50歳の若年層に見られ、51歳~64歳の高齢者にはあまり当てはまらない。
 第二に、近年の労働市場の逼迫も影響を与えている。近年、求人数が失業者数を大きく上回り、障害を持つ労働者の雇用機会が増加している。企業はこれまで雇用に消極的だった労働者層に対しても、より柔軟な労働条件を提供する傾向にある。

方法(Data and Methodology)
 本研究では、2012年から2022年にかけての「Health and Retirement Study (HRS)」のデータを使用した。HRSは、高齢者世帯を対象とした隔年の縦断調査であり、労働市場の動向や健康状態に関する詳細な情報を提供する。本研究では、特に51歳から64歳の労働者を対象とし、次の2つの条件を満たす者を分析対象とした。
 1. 労働制限のある健康状態を報告した者
 2. 完全には引退していない者

 この制限を設けた理由は、リモートワークの影響をより正確に評価するためである。完全に引退した人は、そもそも労働市場への参加意思がないため、本研究の目的には合致しない。

サンプルサイズ
 HRSは約20,000人の個人を追跡するが、本研究では51歳~64歳で労働制限のある人々に焦点を当てたため、最終的な分析対象者数は約4,000人となった。

分析の3段階
 本研究では、リモートワークの影響を検証するために、以下の3つの分析段階を設定した。

1. 雇用率の単純比較
 まず、対象者の雇用率を比較し、テレワーク可能な職種(teleworkable jobs)と非テレワーク職種(non-teleworkable jobs)に分けた。

この分類にはDingel and Neiman (2021) の職種分類法を使用し、特定の職種におけるリモートワーク可能性を判定した。
 • リモートワーク可能職種:テレワークの可能性が28%以上とされた職種
 • 非リモートワーク職種:テレワークの可能性が28%未満の職種

雇用率の変化が、どちらの職種でより顕著かを確認するため、2018年と2022年の雇用率を比較した。

2. 回帰分析
 単純比較では、障害の程度や労働市場の逼迫といった影響を除外できないため、これらの影響を考慮した回帰分析を実施した。
 特に、以下の**従属変数(Y)独立変数(X)**を設定し、リモートワークの影響を検証した。

回帰モデル
 • 従属変数(Y)
 • 雇用状態(1=雇用あり, 0=雇用なし)
 • 独立変数(X)
 • 健康状態(health)
 • 主要な健康問題(心血管疾患、糖尿病、関節炎など)
 • 日常生活動作(ADLs: Activities of Daily Living)の困難度
 • 手段的日常生活動作(IADLs: Instrumental Activities of Daily Living)の困難度
 • 労働市場の逼迫度(labor market tightness)
 • 産業ごとの「求人数 ÷ 失業者数」の比率(月次データ)
 • 基本的な人口統計(demographics)
 • 年齢、性別、教育水準
 • 時点ダミー変数(year_2022)
 • 2022年の雇用変化を評価するための変数

 このモデルでは、2022年のリモートワーク可能職種の雇用率の増加が、労働市場の逼迫や健康状態とは独立した影響であるかを検証する。

3. リモートワークの影響を細かく分析
 リモートワークがどのような人々に最も恩恵を与えたのかを検討するため、サンプルを4つのグループに分け、雇用率の変化を比較した。
  1. 過去4年間働いておらず、リモートワーク経験もない人々
  2. 過去4年間働いておらず、リモートワーク経験がある人々
  3. 過去4年間働いており、リモートワーク経験がない人々
  4. 過去4年間働いており、リモートワーク経験がある人々

 各グループについて、雇用率の変化を測定し、リモートワーク経験の有無がどの程度影響を与えたかを分析した。

結果(Results)

1. リモートワークの影響
 単純な雇用率の比較では、リモートワーク可能職種において、2018年から2022年にかけて雇用率が11.6%増加した。一方、非リモートワーク職種ではほぼ変化がなかった

テレワーク可能職種非テレワーク職種
2018年48.4%51.2%
2022年60.0%51.3%
変化+11.6%+0.1%

2. 回帰分析の結果
 回帰分析の結果、**2022年のリモートワーク可能職種の雇用増加は統計的に有意(p < 0.05)**であった。労働市場の逼迫や健康状態を考慮しても、テレワーク可能職種の雇用増加は維持されており、リモートワークが直接的に雇用率向上に寄与していることが示唆された

3. 誰が最も恩恵を受けたのか
 リモートワーク経験の有無や過去の労働状況に基づく分析では、次のような結果が得られた。
 • リモートワーク経験のある失業者 → +18%の雇用率増加
 • リモートワーク経験のない失業者 → 変化なし
 • リモートワーク経験のある既存労働者 → +6%の雇用率増加
 • リモートワーク経験のない既存労働者 → +17%の雇用率増加

 この結果から、リモートワークの増加は、すでに経験のある失業者の再就職を促進し、経験のない労働者にも新たな雇用機会を提供したことが示された。

結論
 リモートワークの普及は、障害を持つ高齢者の雇用を改善した。特に、過去にリモートワーク経験がある人々にとって、再就職の大きな機会となった。一方で、今後リモートワークが減少した場合、こうした傾向が持続するかどうかは不透明であり、引き続き観察が必要である。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です