レジュメ:高齢者の基本的認知能力と日常認知能力の10年間の縦断的軌跡
Yam, A., Gross, A. L., Prindle, J. J., & Marsiske, M. (2014).
Ten-year longitudinal trajectories of older adults’ basic and everyday cognitive abilities. Neuropsychology, 28(6), 819.
概要 (Abstract)
目的: 本研究では、日常認知能力(Everyday Cognition)の縦断的な変化を調査し、実験室で測定される基本的な認知能力(基本認知能力)との関連を分析する。基本認知能力には、言語記憶(Verbal Memory)、帰納的推論(Inductive Reasoning)、視覚処理速度(Visual Processing Speed)、および語彙(Vocabulary)が含まれる。
方法: 本研究は、ACTIVE無治療対照群(N=698)のデータを使用した。参加者はベースライン時、および1年後、2年後、3年後、5年後、10年後の計6回の測定を受けた。データの分析には潜在成長モデル(Latent Growth Models)を使用した。
結果: 各認知領域において、全体的に逆U字型(quadratic)の軌跡が見られた。基本認知能力の中で、帰納的推論(Reasoning)のレベルと変化率が日常認知能力の変化と最も密接に関連しており、日常認知能力の個人差を最も説明する要因であった。
結論: 日常認知能力は加齢による低下を免れるものではなく、特に健康な高齢者においては帰納的推論との関係が最も強いことが示された。臨床的な有用性を確立するために、より認知機能が低下したサンプルを用いた研究が必要である。
序論 (Introduction)
高齢者の機能的な成果(例:自立した生活、心理的健康、医療利用、施設入所など)は、日常生活動作(IADL: Instrumental Activities of Daily Living)を遂行する能力と密接に関連している(Lawton, 1987; Willis, 1991)。IADLには、食事の準備、電話の使用、財務管理、自宅の維持管理などが含まれる(Willis & Marsiske, 1991)。IADLの遂行には、身体的、感情的、認知的要素が関与している(Willis, 1996)。例えば、高齢者が公共交通機関を利用するためには、移動能力(身体的要因)と時刻表を覚える能力(認知的要因)の両方が必要である。認知的IADLの遂行能力を「日常認知能力(Everyday Cognition)」と呼び、基本認知能力(例:推論、記憶、処理速度)がIADL課題の遂行に応用されると考えられている(Marsiske & Margrett, 2006; Willis, 1996)。
日常認知能力は、電話帳から電話番号を探す、栄養表示を読むなど、日常的な課題を通じて客観的に評価される(Owsley et al., 2002)。一方で、基本認知能力とは、実験室や実験的手法で測定される認知能力を指し、例えば、推論や記憶、処理速度などが含まれる(Cattell, 1987; Salthouse, 1990)。一部の研究では、日常認知能力は加齢による低下を受けにくい可能性があると示唆されている(Cornelius & Caspi, 1987)。これは、日常的な課題がより実用的であり、経験によって強化されるためと考えられる(Cornelius & Caspi, 1987)。しかし、加齢による注意、作業記憶、エピソード記憶、処理速度、実行機能の低下は広く認められており(Ghisletta & Lindenberger, 2004; Park et al., 2002)、日常認知能力が本当に加齢による低下を免れるかどうかは明らかではない。本研究では、10年間の縦断的データを用いて、日常認知能力の変化と基本認知能力との関連を詳細に分析し、これらの能力が加齢とともにどのように変化するかを明らかにする。
方法 (Methods)
参加者
本研究は、ACTIVE (Advanced Cognitive Training for Independent and Vital Elderly)試験の無治療対照群(n = 698)を対象とした。ACTIVEは、65歳以上の高齢者を対象に、記憶、推論、処理速度の3種類の認知トレーニングの効果を検証するランダム化比較試験である(Jobe et al., 2001)。本研究では、認知トレーニングを受けていない対照群のデータを使用し、ベースライン時および1年後、2年後、3年後、5年後、10年後に測定を行った。参加者の平均年齢は74歳(範囲:65-94歳)、平均教育年数は13年、Mini-Mental State Exam(MMSE)の平均スコアは27であった。73%が女性、71%が白人、26%がアフリカ系アメリカ人であった。
測定項目
1. 基本認知能力
• 推論(Reasoning): Letter Series, Word Series, Letter Sets
• 言語記憶(Verbal Memory): Hopkins Verbal Learning Test(HVLT), Auditory-Verbal Learning Test(AVLT), Rivermead Behavioral Memory Test
• 処理速度(Processing Speed): Useful Field of View Test(UFOV)
• 語彙(Vocabulary): Kit of Factor-Referenced Tests
2. 日常認知能力
• Everyday Problems Test(EPT)
• Observed Tasks of Daily Living(OTDL)
• Timed Instrumental Activities of Daily Living(TIADL)
結果 (Results)
サンプルの脱落(Sample Attrition)
研究開始時の698人のうち、10年後も継続して測定を受けたのは249人であった。10年後も測定を受けた参加者は、開始時に以下の特徴があった:
• 平均年齢が若い(71.5歳 vs. 75.4歳, p < .001)
• 教育年数が長い(13.9年 vs. 13.1年, p < .001)
• MMSEスコアが高い(27.8 vs. 27, p < .001)
• 視力が良い(p < .001)
• 健康状態が良い(p < .001)
• 女性の割合が多い(79.1% vs. 70.6%, p = .014)
10年間の測定ポイントごとに、年齢、性別、健康状態、推論能力が脱落率に影響を与えた。これらの変数は、分析において統制変数として用いられた。
10年間の認知能力の変化(Cognitive Trajectories Over 10 Years)
潜在成長モデル(Latent Growth Model)を用いた分析により、日常認知能力と基本認知能力(推論、記憶、処理速度、語彙)のすべてにおいて、逆U字型の変化(quadratic trajectory)が確認された。具体的には:
• 日常認知能力: 最初の数年間は増加し、その後低下。
• 推論(Reasoning): 10年間で全体的に緩やかに低下。
• 記憶(Memory): 最も顕著な低下を示した。
• 処理速度(Speed): 最も急激な低下を示した。
• 語彙(Vocabulary): 比較的安定していた。
これらの結果は、認知能力の加齢変化に関する既存の知見(Salthouse, 2010; Schaie, 2012)と一致する。
日常認知能力の変化を予測する要因(Predictors of Everyday Cognition Change)
回帰分析により、以下の要因が日常認知能力の初期レベルおよび変化率に影響を与えることが明らかになった。
• 初期レベル(Intercept):
• 年齢(高齢であるほど低い)
• 推論能力(高いほど日常認知能力も高い)
• 記憶能力(高いほど日常認知能力も高い)
• 処理速度(高いほど日常認知能力も高い)
• 語彙(高いほど日常認知能力も高い)
• 変化率(Slope):
• 推論能力の変化が日常認知能力の変化を最も強く予測
• 処理速度の低下も日常認知能力の低下と関連
• 記憶能力の変化は日常認知能力の変化と中程度の関連
メモ
• 日常認知能力、推論、記憶、処理速度、語彙はすべて逆U字型の変化を示した。
• 記憶と処理速度が最も急激に低下したのに対し、語彙は比較的安定していた。
• 推論能力の変化が日常認知能力の変化を最も強く予測した。
考察 (Discussion)
本研究では、日常認知能力と基本認知能力の10年間の変化を分析し、特に帰納的推論(Inductive Reasoning)が日常認知能力の維持において中心的な役割を果たしていることを明らかにした。
日常認知能力の軌跡(Trajectory of Everyday Cognition)
日常認知能力は、初期には緩やかに上昇し、その後低下する逆U字型の変化を示した。これは、加齢に伴う一般的な認知機能の低下を反映していると考えられる。特に、語彙は加齢に対して比較的安定していたが、記憶と処理速度は最も急激に低下した。これらの結果は、記憶と処理速度が加齢の影響を強く受けるという過去の研究と一致する(Salthouse, 1996; Park et al., 2002)。
日常認知能力の予測因子(Predictors of Everyday Cognition)
• 帰納的推論(Inductive Reasoning)が最も強く影響し、10年間の変化率のほとんどを説明できた。
• 記憶と処理速度も日常認知能力の低下と関連していたが、影響は推論より小さかった。
これにより、日常的な意思決定や問題解決において、推論能力が最も重要な役割を果たすことが示唆された。
臨床的応用(Clinical Implications)
本研究の結果は、日常認知能力の測定が、将来的な認知機能の低下を予測するための重要な指標となる可能性を示している。特に、認知機能の低下が進んでいない健康な高齢者においても、推論能力の低下が日常生活に影響を与える可能性があるため、早期介入の重要性が示唆される。
限界(Limitations)
• 本研究の対象は、健康な高齢者に限定されており、認知機能が低下した集団には適用できない可能性がある。
• 認知機能の測定には、より詳細な神経心理学的テストが必要かもしれない。
今後の研究では、認知機能が低下した高齢者を対象に、日常認知能力の評価の臨床的有用性を検討する必要がある。
要約
• 日常認知能力は、逆U字型の軌跡をたどり、加齢に伴い低下する。
• 推論能力が日常認知能力の変化を最も強く予測する要因であり、意思決定や問題解決において重要な役割を果たす。
• 本研究の結果は、認知機能の低下を予測するための指標として日常認知能力の測定が有用であることを示唆する。
付記:図表の解説(Figures and Tables)
図1: 認知能力の10年間の変化
• 日常認知能力、推論、記憶、処理速度、語彙のすべてにおいて、時間の経過とともに低下が見られた。
• 特に、記憶と処理速度が最も急激に低下し、語彙は比較的安定していた。
• 推論能力の変化率が、日常認知能力の変化率とほぼ一致していた。
表1: 参加者の脱落要因
• 年齢が高い、男性である、健康状態が悪い、高い推論能力を持つ人が脱落しやすい傾向にあった。
表2: 認知能力の変化率
• 日常認知能力と推論能力は、類似した変化パターンを示した。
• 処理速度は最も急激に低下し、語彙はほぼ一定であった。
総括
本研究は、10年間の縦断データを用いて、健康な高齢者の認知能力の変化を詳細に分析した。推論能力が日常認知能力の変化を最も強く予測することが示され、加齢による日常認知能力の低下を理解する上で重要な知見を提供した。