Happé & Frith (2020). 「自閉症概念の変遷と今後の研究への示唆」レジュメ

Happé, F., & Frith, U. (2020).
Annual Research Review: Looking back to look forward–changes in the concept of autism and implications for future research.
(自閉症概念の変遷と今後の研究への示唆)
Journal of Child Psychology and Psychiatry, 61(3), 218-232.

1. Abstract

自閉症の概念とその進化
 •   自閉症は児童精神医学からの重要な貢献として広く認知され、文化や大衆意識に浸透。
 •   過去40年間で自閉症の概念は大きく進化しており、著者自身の自閉症研究の経験を踏まえて変化と今後の研究への影響を考察。
7つの主要な変化
  1.  狭い定義から幅広い診断基準への転換
  2.  希少な状態から比較的一般的な状態への変化(ただし、女性への認識は依然として不十分)
  3.  子どもに限定されるものから生涯にわたる状態への認識
  4.  明確で個別のものから次元的な見方へのシフト
  5.  単一の自閉症から複数の「自閉症」または分割可能な状態への認識
  6.  『純粋な』自閉症中心のアプローチから、複雑性や併存疾患を伴うものへの転換
  7.  自閉症を単なる「発達障害」としてではなく、神経多様性の視点を取り入れた参加型研究モデルによる運用への転換
結論
•   本論文は、今後の自閉症研究が直面する複数の課題と、十分に検討されていない領域への提案を示している。

2. Introduction

背景と目的
• 自閉症が初めて命名・記述されてから約半世紀が経過し、診断の歴史に対する関心が急増している。
• 一般向けの書籍(Grinker, Feinstein, Silberman, Donvan & Zucker, Evans など)がその証拠となる。
• 本稿は、著者自身の自閉症研究経験に基づき、過去30年間の自閉症概念の変化と、これが今後の研究にどのような示唆を与えるかを検討することを目的としている。

主要な7つの変化の紹介
• 本文は、7つの主要な観点(narrow→wide, rare→common, childhood→lifespan, discrete→dimensional, one→many, pure→complex, developmental disorder→neurodivergence)に沿って自閉症の再概念化を追っていく。

3. The changing concept of autism: 1. From narrow to wide

 1980年代の自閉症概念
• 当時はDSM-III(1980年版)において「幼児自閉症」として、他者への反応の全般的な欠如など狭い診断基準が用いられていた。
• 言語発達の大幅な遅れや奇妙な発話パターン(即時・遅延の反響語、比喩的表現、代名詞の逆用)に注目され、言語障害が自閉症の中心とされていた。

ウィングの貢献
• ローナ・ウィングが提唱した「孤立型、受動型、積極奇異型」という類型は、単なる反応の欠如から多様な社会的困難への転換の初期試みと評価される。

言語能力の多様性とアスペルガー症候群の登場
• ある子どもが流暢な言語を獲得しても自閉症の特徴を持つケースが明らかになり、ハンス・アスペルガーによる症例記述が注目されるようになる。
• アスペルガー症候群は、言語や認知発達の遅れがない点で自閉症と区別され、DSM-IVなどで正式に採用され、研究対象が従来の知的障害を伴う自閉症から、平均以上のIQを持つ「高機能」自閉症へとシフトした。

4. The changing concept of autism: 2. From rare to common

初期の有病率推定とその変遷
• Lotter(1966)の推定では約1万人に4人、ウィングはカンバーウェルの研究から1万人に22人とされていたが、現在は1/100程度という推定に変化している。

 診断数増加とその要因
• 1980年代には自閉症が過小診断され、専門の診断サービスが求められていたが、最近では一部で過剰診断の可能性も指摘される。
• スウェーデンの疫学的研究(Lundström et al., 2015; Arvidsson et al., 2018)では、親報告の自閉症特性は増加していないが、診断率自体が増加しており、診断基準の敷居が下がっていると示唆される。

環境要因・診断代替現象
• 診断数の増加については、環境要因や診断の代替現象(知的障害の診断が減少するなど)も関与している可能性があり、各国・州での有病率の差異が存在する。

5. The changing concept of autism: 3. From childhood to life span

成人自閉症の認識の遅れ
• 初期のカナー、アスペルガーの記述は子どもに限定されており、自閉症は長い間児童精神医学の領域とされた。
• カナーの30年後の追跡研究(1971年)以降、成人自閉症への関心は徐々に高まったが、1980年代にはほとんど研究対象とならなかった。

 診断範囲の拡大と成人自閉症の台頭
• 1990年代にアスペルガー症候群を含む診断範囲が拡大されると、成人自閉症への注目が急増。
• ディグビー・タンタムなどの成人精神科医が成人自閉症に関する症例報告を行い、神経画像技術の発展により、知的能力のある成人自閉症の研究が進展。

未診断成人と加齢の課題
• 英国の世帯調査(Brugha et al., 2011)やスコットランドの国勢調査データ(Rydzewska et al., 2018)から、成人自閉症の有病率は子どもと同等であるが、多くが未診断であることが示唆される。
• DSM-5は、発達初期から存在するが社会的要求により障害となる特性を認めるため、成人での初診が増加している。
• 加齢に伴う自閉症の認知プロファイルの変化や、健康状態の悪化(特に高齢者や女性において)への研究が必要とされる。

6. The changing concept of autism: 4. From discrete to dimensional

初期の離散的診断から連続的次元評価への転換
• かつて自閉症は、典型的発達や他の状態と明確に区別される単一の疾患として捉えられていた(カナーの記述)。
• ウィングの研究により、診断基準の柔軟性が議論され、「自閉症スペクトラム」という概念が導入された。

定量的評価手法の発展
• ウィング&グールドによる『Children’s Handicaps, Behavior and Skills』スケジュールが、後のADIやADOSなどの基盤となった。
• 質問票(AQ、SRS)を通じて、診断された自閉症とサブクリニカルな自閉症特性の連続性が示され、行動レベルで「少し自閉症的」といった概念が支持されるようになった。

遺伝的側面
• 行動遺伝学および分子遺伝学の研究から、共通変異の累積効果(ポリジェネティックスコア)により、自閉症特性が次元的に捉えられることが示唆される。

7. The changing concept of autism: 5. From one to many

単一の統一された自閉症から多様な自閉症(autisms)への認識の変化
• 初期は自閉症を一つの統一された症候群とみなしていたが、実際には個々の自閉症には異なる原因や症状の組み合わせ(fractionation)が存在する。

『Fractionated triad』仮説
• 社会性、コミュニケーション、反復・固執行動という3つのコア症状が、遺伝的・神経学的・認知的に分離している可能性を示す研究結果が得られている。

今後の研究の方向性
• 層別化バイオマーカーの探索や、遺伝子、神経解剖学、認知の各レベルでの独立した要素を明らかにすることが、パーソナライズド介入への鍵となる。
• 社会的側面と非社会的側面に対して別々のポリジェネティックスコアを構築する必要性が指摘される。

8. The changing concept of autism: 6. From pure to complex

従来の「特発性」自閉症と、複雑な併存症の存在
• 1980年代には、明確な神経学的・遺伝的原因がある場合は自閉症診断を取り消すべきという考えがあったが、現在は自閉症は行動診断として捉え、様々な生物学的状態に付随するものとされる。

併存症の高い割合
• 以前は自閉症に伴う併存症が十分に認識されなかったが、DSM-5以降は不安、ADHD、うつ病、睡眠障害など、さまざまな精神疾患が一般的に併存することが明らかになった。
• メタ解析では、各種精神障害の有病率(例:ADHD 33%、不安障害 23%など)が示され、自殺リスクが特に自閉症成人(特に女性や知的障害を伴わない場合)で高いことが報告されている。

アレキシサイミアの重要性
• 自分の感情の認識・表現が困難なアレキシサイミアが自閉症成人に高頻度で見られ、他者の感情認識や共感反応の低下と関連している可能性がある。

9. The changing concept of autism: 7. From ‘developmental disorder’ to neurodivergence

発達障害から神経多様性への再概念化
• 従来、自閉症は「発達障害」として個人の欠陥とみなされていたが、近年は神経多様性の視点が取り入れられ、神経学的に典型的でない違いが、環境との相互作用により障害となる可能性があると理解されるようになった。
• 自閉症当事者の自己主張や運動、Temple Grandinの自伝(1986年)などがこの変革を後押ししている。

治療対象としての再評価
• 「自閉症を治す」という議論はもはや成立せず、併存する精神健康問題や知的・言語障害への介入は有効な治療対象とされる一方で、自閉症そのものは異なる生き方として尊重されるべきである。

参加型研究の導入
• これまで科学者主導で進められてきた自閉症研究は、現在、親や自閉症者自身が主導する参加型研究へと大きく転換している。
• 研究の各段階で自閉症者の意見を取り入れることで、これまで十分に注目されなかった感覚の問題などが早期に取り上げられるようになった。

 診断の流動性と再概念化の可能性
• 自閉症特性は状況や環境との相互作用により障害として現れるかどうかが変動する可能性があり、固定的な診断基準ではなく、認知スタイルや性格タイプとして捉える必要があるかもしれない。

10. Conclusions: Challenges and Opportunities

概念の変遷の総括
• 過去数十年で自閉症の概念は、狭い定義から幅広い診断、希少な状態から一般的な状態、子ども中心から生涯にわたる視点、離散的な診断から次元的評価、単一の症候群から多様な自閉症、純粋な自閉症から複雑な併存症を伴う状態、そして発達障害から神経多様性への転換と、7つの主要な変化を遂げた。

各変化に基づく今後の研究課題
• 狭い→幅広い:ASD有病率の上昇の背景と診断基準の拡大を理解する必要がある。
• 希少→一般的:特に女性の自閉症認識の低さ、選択バイアスや診断基準の影響に関する研究。
• 子ども中心→生涯:成人・高齢自閉症者の健康、社会参加、ライフコースの追跡研究の必要性。
• 離散的→次元的:自閉症特性の連続性を示す定量的評価法、ポリジェネティックスコアの活用。
• 単一→多様:自閉症のサブタイプや「fractionated triad」仮説に基づいた、個々の症状の独立性の解明。
• 純粋→複雑:併存する精神・身体的健康問題の高頻度とその因果関係、アレキシサイミアなどの併存特性の理解。
• 発達障害→神経多様性:自閉症を治すべき対象ではなく、環境との相互作用によって生じる違いとして捉え、参加型研究の普及と診断の流動性を検討する。

未検討領域と進展している分野
• 知的障害を伴う自閉症、教育的アプローチ、技術支援、言語獲得のメカニズムなど十分に研究されていない分野の必要性。
• 乳児兄弟研究、早期介入、オープンアクセスの遺伝子コンソーシアムなど、急速に進展している研究分野もあり、これらの成果が今後の発見に寄与する。

 参加型研究の重要性
• 研究は今後、ビッグデータの活用と並行して、自閉症者やそのコミュニティと直接連携する参加型研究モデルを強化すべきである。
• これにより、単なる統計データ上の変数ではなく、個々の実体験に基づく実践的かつ理論的な成果が得られる。

将来への展望
• 自閉症研究に新たに取り組む若手研究者にとって、今は非常にエキサイティングな時代であり、今後の発展は2060年には全く異なる概念へと進化している可能性が高い。

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