スキューモーフィックデザインとフラットデザイン

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スキューモーフィックデザインからフラットデザインに移行する必要性について考えている。いろいろ探したけど、上記以外にこれというのを見つけられていない。
なんだかんだ言って「流行り」以外の説明はあるのだろうか。
スキューモーフィックデザインの概念は昔からあったと思うけど、アップルのiOSが広めたと思う。

「iOS 7」における、デザイン哲学のせめぎ合い

音声メモ機能には実物に近いマイクのアイコン、iBooksではリアルなページめくりのエフェクト。タブレットで本を読むとき、本を読む行為と紙をめくる行為が別、ということになる。
いつも一緒にあったものが切り離されると、違和感がある。

その違和感を消すのに、スキューモーフィックデザインが役立つ。あれは見た目のデザインというより、インタフェースの一様式なんだろうと思う。
もともと,スキューモーフィックデザインはタブレットを使う人のメンタルモデル構築に役立っていたのだろう.
インタフェースの橋渡しのメンタルモデル構築に,リアリティが必要だったと言うことだ.
そして、タブレットが日常になった今、そもそもの違和感がなくなるとともに、スキューモーフィックデザインの必要性も薄れたと考えることができる。
つまり,多くの人にとってタブレット操作が一般的になり,メンタルモデルが世に共有されたということなんだろう.

が、それだけだとフラットにする必要がない。グラフィックボードの性能が上がってる今、リッチなピクチャが「重い」なんてこともないだろうし。結局のところ、メインの操作が変わったことと関係しているのかなと思う。
これまでマウスでカーソルを動かして、目的地に被せて、クリック(押し込む)、が入力の基本操作だった。というわけで、ボタンがボタン然としていなければならず、影をつけたりしていた。しかしながらタブレットメインになってからは、マルチタッチが入力の基本操作になっている。

マルチタッチの場合、「カーソルを持っていく」必要はないし、触る=押す、ということになるし。メインの動作は「弾く」になるから、なんつーかこう「スライドさせられるパネル」みたいなデザインがいいのかなあと思う。
そう考えると、フラットであることよりも、アプリ側の操作のインタフェースの方が重要なわけで。

そういう意味で、いま最もそれを体現したアプリは「clear」かなぁと思う。あのインタフェースがフラットデザインの主流になるのではなかろうか。