思い出の質と量
子どもは経験することで成長します.
いろいろ試してみて,失敗したり,うまくいったり,叱られたり,ほめられたり.
そうやってたくさんの経験の記憶,そして思い出とともに成長していきます.
皆さんは自分の子ども時代を振り返って,どんな思い出がありますか?
楽しかった思い出と,辛かった思い出があると思います.
歳をとれば,辛かった思いでも「あぁ,あのとき失敗して良かったなぁ,叱られて良かったなぁ」と思うことができます.
でも,当時はどうだったでしょうか.
辛い思い出を乗り越えるというのは,それに代わる楽しい思い出や経験があるときのように思います.
あの辛い時期があって,今の「良い」状況がある,という感じに.
ところで,あとから見ればどんな経験も経験してよかった,と思えるのでしょうか.
辛かった思い出の中には「全く今に役立っていない経験」ってないものでしょうか.
例えば私の場合,幼稚園で同じクラスのY君とK君にさんざんいじめられました.
こういうことは忘れないものです.彼らから何かを学んだか?と聞かれれば,なにも学んでいません.
いじめは良くないとか,いじめられる側の気持ち,なんてものは学んだかもしれませんが,別に彼らがいなくてもいずれ学んだであろうと思います.
子どもというのは,その状況をうまく言葉で説明できなくても,いろいろと記憶しているものです.
最近,子どもの経験の「質」を重視しようみたいなことをところどころで聞くことがあります.
まあそりゃそうなのですが,「量」も重要だと思うわけです.
私は3人の男児を育てています.
子育てでいろいろと気に掛けていることはあるのですが,長男に関しては,特に気にしていることがあります.
長男はときどきふと「昔の嫌だった思い出」を語るのです.
昔といっても3歳10ヶ月なので,大して昔ではないのですが,
ときどきふと「○○のときせんせいにおこられてないたの」「○○のとき,□□が△△で,さみしかったの」と言ったりします.
親としてはこういうときとてもドキッとするわけです.
長男的には,嫌だった思い出が消化できていないのだと思います.
なので,消化させてあげる必要があるわけです.
失敗経験は重要ですが,失敗経験そのものが子どもを成長させるという機会は少ないように思います.
失敗したけど,リカバリーしたときに子どもは成長します.
で,子どもには失敗をなかなかリカバリーしにくい子もいるわけです.
もちろん,放っておいても勝手にリカバリーする子もいます.
リカバリーの仕方は人それぞれです.
大切なのは,その子なりにリカバリーすることです.
そしてもう一つ大切なことは,リカバリーの仕方はひとつではないということです.
子ども一人でリカバリーしなくても良くて,誰かがそれを手伝っても良いと思います.
もちろん何でもかんでも手取り足取りだと,本人がリカバリーしたことにならないので,本人がリカバリーできるような状況を,子どもに合わせて設定することが大切なように思います.
同じような状況で,失敗したこともあるけれども,成功したことの思い出の方が多い,
というような状況を作ることができれば,失敗が糧になるのではないかなあと思うのが私の考えです.
そういう意味で,思い出の質も重要だけれども「量」も必要だと思うわけです.
楽しかった経験の数を嫌な経験よりもたくさんもつということは,その子の過去の失敗をプラスに変えてくれるのではないかと思います.
(このコラムはサポートネットワークアミーカウェブサイト掲載用に書いたものを転載しています.)