見通しと自己管理の支援について

認知に困難のある子どもにとって,時間を認識し,見通しをもって自分の予定を調整するといったような自己管理能力の獲得はとても難しいことです.そのため,多くの場合は,周囲の大人が「○○を始めましょう」「○○をやめましょう」「次は○○ですよ」といったように,いろいろな手段で,子どもが混乱しないように環境を整える対応がとられます.この環境調整がうまくいっている場合はいいのですが,そういう配慮をしてくれる環境がない場合,あるいはその子どもが学校を卒業して大人になったとき,急に困る場合がでてきます.また,そのように周囲の大人にいろいろお膳立てをしてもらうことで,自分で決め予定を組むという社会に出るための基礎的な能力が身につかないまま大人になる子どもがいます.もちろん,生得的な認知機能の障害によって,そのような能力の獲得が難しい子どもたちがいるというのも事実です.ただ,どのような子どもであっても普段の習慣を工夫したり,支援技術を上手く活用することで少しずつ自己管理できるようになります(もちろん,全ての子どもが時間をかければ最終的に自己管理能力が身につくというわけではありません).

子どもの自己管理を支援するために,自己管理能力について少し整理してみます.

自己管理能力には大きく分けて2つの種類があります.
1.時間と予定に応じた行動の管理
2.健康管理(体調とストレスの管理)

特に障害のある子どもの教育においては次のことが重要になります.

1については,
・時間に従って行為を始め,予定終了時間が来れば行為を止める
・予定を把握し,見通しをもって行動する
・自ら予定を立て,予定に沿って行動できる
 等があります.

2については,
・体調が悪いときに,周囲の人にそれを伝えることができる
・イライラしたりパニックになったとき(なりそうなとき)に,自分で対応(行動を切り替える,周囲に伝える等)ができる
 等があります.

これら全ての能力を子どものうちから身につけることは非常に難しいので,通常は,できるところからひとつずつ取り組んでいくことになります.このとき,全て自分の持っている能力だけで,トレーニングするというよりはむしろ,支援技術を上手く導入しながら取り組むことが大切です.

ここからは,「1.時間と予定に応じた行動の管理」について書きたいと思います.なお,「2.健康管理(体調とストレスの管理)」については,今回の文脈ではなく,むしろコミュニケーションの支援の文脈で記述した方がいいと思うため,今回は詳しく説明しません.

まず,「時間」の認識と「予定」の認識について,分けて考えることが重要です.後から説明しますが,前者にはタイムエイド,後者にはスケジューラー(&リマインダー)というツールが役に立ちます.

まず始めに,タイムエイドについて説明します.タイムエイドとは,時間という抽象的な概念を量の変化という具体的な変化に置きかえることで,時間の概念の理解が難しい子どもにも,時間の経過をわかりやすくするためのツールです.
 例えば,時間の概念を理解することが難しい子どもにとって,「あと5分だね」とか「ちょっと待ってね」などと伝えても伝わりません.その「5分」や「ちょっと」というものが何なのかわからないためです.ところが,大人は結構頻繁に(わかっていても)「あとちょっと待ってね」「あとちょっとだからね」「もうちょっとがんばろうね」などと言ってしまいます.こういうとき,役に立つのがタイムエイドです.

具体的な例として,以下の製品があります.

タイムタイマー

タイムログ

これらは,特別支援教育に於いてタイムエイドとしてよく使われるものです.

タイムタイマーもタイムログも,量で時間の経過を示すものですが,一般的に現場でよく使われるのはタイムタイマーです.値段の手頃さと,大きさのバリエーション,設定の簡便性,がその特長です.しかしながら,その設定の簡便性ゆえ,子ども自身が勝手に操作してタイマーの意味をなさなくなる場合があります.たとえば,30分の遊び時間を示していたタイマーの示す時間残量が少なくなり,約束の時間に迫ろうとしているとき,子どもが勝手に時間を延ばすといったことがあります.捉え方によっては,「この子はもっと遊びたいとメッセージを出しているんだな」とポジティブに受け取ることもできますが,いつもこのようでは,なかなか自己管理を支援するツールとしては役に立たないということになります.

その点,設定した時間を容易に変更できなくしたものがタイムログです.こちらはタイムタイマーに比べると高価ですが,タイムタイマーに比べると堅牢性が高いというメリットがあります.

他方,このようなタイムエイド専用品を使わなくとも,キッチンタイマーで残り時間がわかるようになる子どももいます.つまり,まず製品ありきではなく,子どものレベルを見据えた上でのツール選択が重要だということです.

また最近では,このような専用品としてではなく,スマートフォンやタブレット端末のアプリケーションとしてのタイムエイドも出てきました.

LotusLotus - McMor Software

UZUz - McMor Software

LotusとUZは私と仕事でもプライベートでも仲良くさせていただいている東大先端研の巖淵先生が開発されたものです.詳しくは私の過去の投稿をご参照ください

<参考:過去記事「iPhoneをタイムエイドとして使うアプリ」

Lotusは一見,タイムタイマーと似ていますが,アプリならではの特異点をもっています.子どもが勝手に設定変更できないように,一度スタートボタンを押すと,設定が変更できないように工夫されています(もちろん設定変更するための裏手続きがあるのですが,子どもにバレては意味がありません).

UZは,Lotusの1時間タイマー機能を10時間まで拡張したものです.蚊取り線香のように渦を巻くことで,10時間の時間の経過を可視化することができます.実は,この開発には結構大変なご苦労があるのでした.10時間タイマーだと量の変化がわかりづらく,動作していることを示すために先端を点滅させるという工夫をされました.その後,自閉症のある子どもがその点滅ばかり数えて時間の経過に気がつかないという指摘を受け,点滅の時間感覚を調整したり,いろいろなパターンの色を作ったり.隣で見ていて支援技術の開発の難しさを学ばせていただきました.

Time TimerTime Timer - Time Timer LLC

これは前述のタイムタイマーのアプリバージョンです.多機能で,これまで1周60分しか設定できなかったタイマーを,任意の時間に変更できるといったような機能があります.個人的には,多機能にしたが故に,子どもが自分で使うということが難しくなったのではないかと思います.また,1周60分で馴れていた子どもに,1周30分で時間提示をするといったようなことで混乱を招くのではないかとも思います.

ほかにも,リアルな砂時計アプリもあります.

SandytimeSandytime - Cuberoom

こういうものを利用するのも良いかもしれません.従来型の高価な専用品に比べると,数百円で買うことのできるアプリのおかげで,タイムエイド導入のハードルがぐんと下がったように思います.

つづいてスケジューラについて説明します.
タイムエイドはあくまで時間の経過そのものを可視化するたえのツールでした.そのため,タイムエイド単体では,現在のイベントが終われば,次に何があるのか,そしてその次は,といったような予定に関してはわかりません.例えば自閉症スペクトラムの子どもの中には「見通しが立たないこと」がとてもストレスで,不安感からパニックを起こしたり体調を崩したりする子どもがいます.そのような場合に,予定を管理し,目で見てわかるようにしてくれるスケジューラが役に立ちます.

スケジューラといっても,なにも特別なものではありません.いわゆる「時間割表」のようなものも,スケジュールが目で見てわかるようになっているひとつのスケジューラです.ともかく子どもが見通しをもてるようにし,物理的,心理的に準備ができるようにすることが重要です.

時間割のように日や週によって予定が決まっており,繰り返すものなら紙に描いてよく見る位置に貼っておけばいいのですが,もう少し予定の変動がある場合には別の手段を講じる必要があります.私たちが仕事で手帳やwebカレンダーを使うのと全く同じことです.なにも「認知の困難がある子ども」に特別の方法ではないのです.誰だって予定がわからなければ不安です.準備もできません.手帳やウェブカレンダーなしに仕事をしている人は極めて少数派でしょう.

ある程度予定に変動がある場合は,自分自身で,あるいは誰かに手伝ってもらって予定を組む必要が出てきます.認知に困難のある子どもが使うスケジューラで重要なのは,予定の把握と予定の組み替えとが簡単にできるような機能です.

これにはいくつか製品が出ています.

あのね♪DS

ニンテンドーDSでスケジュールを管理するためのソフトウェアです.これは予定を作成したり,変更したりできるだけでなく,タイムエイドとしての機能や,コミュニケーションエイドとしての機能ももっています.

iPhone/iPadのアプリでもいくつかスケジューラがあります.

前述の時間割表を,ケータイで表示できるシンプルなアプリがあります.

時間割時間割 - Noriyoshi NAMBO

時間割表時間割表 - Daisuke Yamaguchi

個人的にはインタフェースのシンプルな「時間割」の方が子どもには使いやすいのではないかと思いますが,「時間割表」には次の授業までの残り時間(数字)が出る機能があり,タイムプレッシャーがあった方がいいという人にとっては「時間割表」の方がいいかもしれません.

また,予定の見通しをもつことが困難な子どものスケジュール管理に特化したアプリもあります.

たすくスケジュール for iPhoneたすくスケジュール - Info Lounge LLC

たすくスケジュール for iPadたすくスケジュール for iPad - Info Lounge LLC

たすくスケジュールは,既に用意されているイベント絵カード(食べる,あいさつするといった絵カード,自分で写真を追加することも可能)を時間軸に沿って並べることで,かんたんに認知に困難のある子どもにもわかりやすいスケジュールを作成することができます.また,タッチすればそれらの絵カードはイベント内容を読み上げてくれるので,文字が読めなくても絵と声で内容を理解できる仕様になっています.

このような支援技術として開発されているものだけでなく,一般的なカレンダーアプリも役に立ちます.

CalengooCalenGoo (sync with Google Calendar™) - Dominique Andr Gunia

このアプリはGoogleカレンダーと同期することができ,スマートフォン,タブレット端末,PC,いずれのメディアからでも確認することができ,また変更することもできます.

また,スケジューラーにはただ単にスケジュールを示してくるだけではなく,先の予定をアラームやその他の手段で事前通知し,予定を思い出させてくれる機能があるものがあります.この機能はリマインダと呼ばれ,スケジューラとリマインダを組み合わせて使うことで,予定の管理が苦手な人にとっては役に立つツールになります.

リマインダーのアプリケーションにもいくつかのバリエーションがあります.

VoCal Voice Reminders!VoCal Voice Reminders! ( VoCal - The Voice Calendar Reminder App with Local Notifications ) - GZero Ltd

このVoCal Voice Reminders!は設定した時間に,録音した音声を再生してくれるアプリです.いつも練る時間帯の少し前に,録音した「歯,磨けよ!」を再生させたりすることができます.英語表記のアプリですが,操作がシンプルなので,それほど使うのに苦労しません.

ほかにも,スマートフォンに搭載されているGPSを利用して,ある場所に行ったらリマインダを提示するという位置依存型のリマインダアプリもあります.

GPS-RGPS-R - NID-IS Co.,Ltd.

GPS-Rを使うと,スーパーの前を通りがかったときに「卵とティッシュ買うこと」なんて表示されるわけです.

また,指定した時間にチェックリストをリマインドしてくれるアプリもあります.

毎朝チェッカー毎朝チェッカー - ECS, Inc.

この毎朝チェッカーを使えば,毎朝家を出る前の時間に,カギや連絡帳,サイフといった自分で作成したチェックリストが表示されるため,忘れ物防止に役立てることができます.

余談ですが,このような記憶の補助としてのチェックリストアプリとしてはこういうものもあります.

チェックシートチェックシート - MagickWorX

以上のように,時間と予定の管理だけでも,さまざまなツールがあります.ここで改めてこのようなツールを利用する際の2つの大きな注意点について書きたいと思います.

注意1:子どものレベルにあったツールを使い,運用すること.
注意2:誰のためにツール使うのか,改めて考えること.

注意1について,たまに「時間の感覚をもつことが難しい子どもにタイムエイドを買ったけれど,子どもが使わないので,放置している」といった話を聞くことがあります.このような場合のほとんどが子どものレベルに合っていないエイドを使っているか,エイドの導入・運用方法を間違っているか,あるいはその両方かです.イベントの開始と終了を認識できない子どもに,いきなりタイムエイドを使って「この色が無くなったらおしまいね」なんて伝えても意味がありません.また,レベルがあっていたとしても,練習せずにいきなり使えるようには成りません.

注意2について,これもよく起こる重要な問題です.大人が子どもを管理しやすくするためにタイムエイドやスケジューラが使われるシーンをたまに見かけます.こうなれば,タイムエイドやスケジューラは子どもからすれば,嫌なものになってしまいます.これでは本末転倒です.

このような点に気をつけて,タイムエイドやスケジューラ(&リマインダ)を活用していく必要があります.

以上を踏まえて問題は,どのようなレベルの子どもにどのような製品を使えばいいのかということです.親や現場で支援に携わっている先生にとっては,もっと具体的にどうすればいいかということだと思います.

これについては私の論文を参照していただければと思います.

岡耕平 (2010). タイムエイド利用の問題点および時間告知を補助する技法とタイムエイド機能の整理 日本特殊教育学会第48回大会発表論文集, P.137.

第 39 回(平成 20 年度)三菱財団社会福祉助成研究報告書
支援技術を用いた知的障害当事者による時間管理支援マニュアル作成

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です