ワーキングメモリに関する研究ノート
ワーキングメモリがどのように情報を取り扱っているのか、近年の研究知見を踏まえて自分の理解をアップデートするためのノート。今後追記、加筆、修正、していく予定。自分用のノートなのでChatGPTを使って翻訳や要約などをしていたり、本文に書いていないことを追加している部分もある。追加部分はなるべく追加部分としてわかるように書くつもり。ノートを見直した時に自分も混乱するので。
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Xu, Y. (2002).
Limitations of object-based feature encoding in visual short-term memory.
Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 28(2), 458.
序論
視覚短期記憶(VSTM)における物体ベース(オブジェクトベース)の特徴符号化に関する先行研究では、異なる次元の特徴が同一オブジェクトに含まれる場合に、特徴が効率的に符号化され、干渉が少ないことが示されている。Allport(1971)の研究では、形状と色など、異なる次元の特徴は並行して符号化され、相互干渉が少ないことが報告された。一方、同じ次元(例えば2つの方向や2つの色)の特徴は、同時に符号化する際に干渉が生じ、精度が低下することが確認された。このような結果から、異なる次元の特徴は別々の処理系統(アナライザー)によって処理されるが、同一次元の特徴は同じアナライザーを共有するため、符号化に干渉が発生すると提唱された。
しかし、Duncan(1984, 1993)はこれに異を唱え、オブジェクトレベルでの特徴のグルーピングが符号化において重要な役割を果たすと指摘した。彼の研究では、同一オブジェクトに属する複数の特徴(異なる次元であっても、同一オブジェクトに所属する場合)が効率よく符号化されることが示され、異なるオブジェクトに所属する特徴よりも精度が高いことが示された。特に、異なる次元の特徴に関しては、オブジェクトレベルの符号化の優位性が顕著であった。しかし、同次元の特徴については、この優位性が示されなかった。
本研究の目的は、これらの先行研究のギャップを埋めることであり、同一次元に属する特徴(例えば2つの色や2つの方向)が同一オブジェクト内に存在する場合、オブジェクトベースの符号化の恩恵が得られるかどうかを明らかにすることである。具体的には、同次元の特徴がどの程度干渉を引き起こし、それがオブジェクトレベルでの符号化にどのような影響を与えるかを検討する。
方法
一連の5つの実験が行われた。各実験では、change-detection パラダイム(Phillips, 1974)を使用し、参加者はオブジェクトの特徴(色や方向)が変化したかどうかを判断するタスクを実施した。実験では、特徴が同じオブジェクト内に存在する場合と異なるオブジェクトに分散して存在する場合で、特徴の符号化に違いがあるかどうかを検討した。
•実験1: 対象となるオブジェクトは、2つの色(例:キノコの傘の色と茎の色)で構成された「キノコ」型のオブジェクトであった。参加者は、キノコの傘や茎の色が変わったかどうかを検出するタスクを行った。オブジェクトのパーツが結合された状態(結合ディスプレイ)と分離された状態(分離ディスプレイ)の2つの条件で実験が行われた。参加者は1つの色をモニターするか、両方の色をモニターするかが指示され、それぞれの条件下での符号化精度が測定された。
•実験2: 対象オブジェクトは、2つの異なる方向(赤いバーと緑のバー)を持つオブジェクトであった。実験1と同様に、結合ディスプレイと分離ディスプレイの条件で、1つまたは両方の方向の特徴をモニターするタスクが行われた。
•実験3: 実験1と類似の「キノコ」型オブジェクトを使用したが、今回は1つの特徴は色、もう1つの特徴は方向に設定された。これにより、異なる次元(色と方向)を持つ特徴が同一オブジェクト内にある場合の符号化の優位性を調査した。
•実験4と5: これらの実験では、符号化中の「判断ノイズ」を取り除くために、モニタリングタスクの指示がより明確に与えられた。特定の特徴にのみ注意を向けさせ、これによる符号化精度への影響を測定した。
結果
•実験1では、2つの色を持つオブジェクトについて、結合ディスプレイと分離ディスプレイの間で符号化精度に有意な違いは見られなかった。また、1つの色をモニターする場合の符号化精度は、両方の色をモニターする場合に比べて高かった。
•実験2では、2つの方向を持つオブジェクトについても、結合ディスプレイと分離ディスプレイの間に有意な違いは見られず、特徴が同じ次元に属する場合にはオブジェクトベースの符号化の恩恵は得られなかった。
•実験3では、異なる次元の特徴(色と方向)が同一オブジェクト内に存在する場合、オブジェクトベースの符号化の恩恵が確認され、特徴が効率的に符号化されることが示された。この結果は、異なる次元の特徴に対してのみオブジェクトベースの符号化が有効であることを支持するものであった。
•実験4と5では、判断ノイズが適切に管理された状況でも、同次元の特徴を2つモニターする場合、符号化精度が低下することが確認された。この結果から、符号化中のパフォーマンスの低下は、単にノイズの影響ではなく、同次元の特徴間の相互干渉に起因することが示された。
討論
本研究は、オブジェクトベースの特徴符号化に関する重要な制約を明らかにした。すなわち、オブジェクトベースの符号化の恩恵は、異なる次元の特徴にのみ適用され、同一次元の特徴には適用されないことが示された。この結果は、過去の研究(Duncan, 1984, 1993)で示唆されていたオブジェクトベースの符号化理論に修正を迫るものであり、今後の研究において同次元の特徴符号化に関するさらなる探究が必要であると結論づけられた。
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Huang, L., & Pashler, H. (2007).
A Boolean map theory of visual attention.
Psychological review, 114(3), 599.
序論
視覚的注意に関するこれまでの研究では、主に「選択」と「アクセス」という2つの側面が議論されてきた。選択とは、視覚的な環境からターゲットとなる情報を選び、ディストラクタ(無関係な情報)を無視するプロセスのことを指す。これに関連する代表的な理論には、TreismanとGelade(1980)の「特徴統合理論」がある。この理論では、視覚的特徴(例:色や形)が並列的に処理されるが、それらの特徴を統合して1つのオブジェクトとして認識するためには、注意が必要であるとされる。また、Wolfe(1994)の「ガイド付き探索モデル」では、注意がどのようにして効率的にターゲットに向けられるかを説明している。これらの研究では、主に選択のメカニズムに焦点が当てられている。
一方で、「アクセス」の問題はあまり注目されてこなかった。アクセスとは、選択によって意識に到達できる情報量に関する制限を指す。アクセスに関する初期の研究の1つとして、Duncan(1980a, 1980b)は、ターゲット情報の選択自体は簡単であっても、複数のターゲット情報を同時に意識にアクセスさせるには厳しい制限があることを示している。この「ターゲット–ターゲット競合」の研究は、選択とアクセスを区別し、意識にアクセスできる情報には容量的な限界があることを明らかにしている。
従来の視覚的注意に関する研究では、主に「選択」に関する議論が優勢だったが、筆者らはこの論文で「選択」と「アクセス」の違いを明確に区別し、両者がどのように視覚的注意のプロセスに関与しているかを説明するために「ブールマップ理論」を提唱している。
方法
筆者らの提唱する「ブールマップ理論」は、視覚情報がどのように選択され、意識にアクセスされるかを説明する理論である。ブールマップとは、視覚シーンを「選択された領域」と「選択されていない領域」に分割する空間的な表現である。このブールマップには、1つの特徴次元(例:色や形)ごとに1つの特徴ラベルが付けられる。重要なのは、一瞬にアクセスできるのは1次元あたり1つの特徴値のみであるという点だ。たとえば、色次元においては、「赤」または「青」のどちらか1つの色にしかアクセスできず、両方の色を同時に意識に上げることはできない。
また、ブールマップは複数の場所を同時に含むことができるため、複数の場所に関する空間的な情報を同時に処理することは可能だ。しかし、複数の特徴(たとえば、赤と緑の色)には同時にアクセスできず、それらを順次処理しなければならない。ブールマップの生成には2つのルートがある。1つ目は、1次元の中から1つの特徴値を選び、その特徴が存在する場所をブールマップに反映させるという方法である。2つ目は、既存のブールマップと新たに選択した特徴値をブール演算(論理積や論理和)によって結合する方法である。
結果
実験結果は、視覚システムが一度に複数の特徴値にアクセスできないことを示した。たとえば、赤色と緑色のオブジェクトが同時に表示されるシーンでは、被験者は両方の色を同時に認識できず、各色を個別に順次認識しなければならない。また、複数の場所に関する情報は同時に処理できることが確認された。これは、空間的な情報(オブジェクトが存在する場所)は一度に複数同時に処理できるが、異なる特徴値(色や形など)に関しては並行して処理できず、順次処理する必要があることを示唆している。
具体的な実験では、被験者が色や形のパターンを比較する課題が行われた。色の数が増えるほど、パターンの一致や回転に関する判断に時間がかかることが示された。これにより、1つの特徴値しか一度にアクセスできないというブールマップ理論の予測が支持された。
討論
ブールマップ理論は、従来の視覚的注意に関する理論と比較して、選択とアクセスの違いをより明確に区別し、視覚的注意のプロセスを統一的に説明する枠組みを提供している。この理論により、視覚システムがどのようにして空間的な情報を一度に処理しながらも、個々の特徴値には順次アクセスする必要があるかが説明される。また、この理論は、特に「アクセス」の制約に焦点を当て、視覚的構造への注意に関する新たな知見を提供している。
従来の研究では主に選択のメカニズムが研究されてきたが、ブールマップ理論ではアクセスの制限を明確に説明することにより、視覚的注意に関するこれまでの理論を補完している。また、選択過程とアクセス過程の相互作用を考慮することで、これまで個別に扱われてきた視覚的注意の現象を一元的に理解することができると筆者らは主張している。
このように、ブールマップ理論は視覚的注意に関する従来の理論を進化させ、アクセスと選択の2つの側面を統合的に説明しようとしている点で新しい貢献を行っている。
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Ji, H., Wang, K., Kong, G., Zhang, X., He, W., & Ding, X. (2024).
The Basic Units of Working Memory Manipulation Are Boolean Maps, Not Objects.
Psychological Science, 09567976241257443.
序論
この研究では、作業記憶における操作の基本単位が「オブジェクト」ではなく「ブールマップ」であることを提唱している。従来、作業記憶はオブジェクトを基盤にして操作されると考えられてきたが、本研究ではその仮説に疑問を投げかけ、新たな実験を通じて異なる結論を導き出している。
方法
この研究では、80名の成人を対象に4つの異なる操作課題を設計して実験を行った。参加者は、視覚的な刺激(図形や色、位置など)を記憶し、提示されたキューに基づいて記憶内の特定のアイテムを操作するよう指示された。操作には、色の変更や位置の移動が含まれ、実験は以下の4つに分かれている。
• 実験1:色の変更
参加者は、異なる色の端を持つダンベル状の図形を記憶した後、キューに基づいて特定の端の色を変更する操作を行った。ここで「オブジェクト」は1つのダンベルを指し、「ブールマップ」は同じ色の端を指す。操作時間は、提示されたキューに従って特定のブールマップやオブジェクトの操作にかかる時間として記録された。
• 実験2:位置の移動
実験1と同様に、4つの円形図形をグリッド上に配置し、そのうち一部を記憶させた後、キューに従って図形の位置を移動させた。ブールマップとオブジェクトの数を操作し、操作時間の違いを測定した。
• 実験3:方向の操作
被験者は、異なる色や方向を持つ線状の図形を記憶し、そのうちの一部を操作するタスクを行った。操作する項目の数と、操作するブールマップの数(方向、色)を変化させ、その影響を観察した。
• 実験4:色と方向の操作
実験3を補完する形で、線状の図形に新たな色を付与する操作を行った。ここでは、単一の方向と複数の色、または複数の方向と色を操作することにより、ブールマップ理論の予測が再検証された。
操作時間は、キューの提示から参加者が操作を完了するまでの時間として計測された。また、操作後に正しいかどうかを判断させる変更検出タスクも実施され、正答率も記録された。
追記メモ
実験1で言及されている「同じ色の端」というのは、ダンベル状の図形の両端が異なる色で構成されていることを指している。具体的には、ダンベルの形状は、両端が丸く、その丸い部分がそれぞれ異なる色になっている。例えば、片方の端が赤色で、もう片方の端が青色のような配置である。
ここで、「オブジェクト」とは、このダンベル全体、つまり赤と青の両端を持つ1つの図形を指す。一方で、「ブールマップ」は、「同じ色の端」をまとめて扱うもので、例えば「すべての赤い端」を1つのまとまりとして知覚・操作するという概念である。この場合、「赤い端だけ」や「青い端だけ」というように、同じ色を持つ端を基準にして情報を処理することを意味する。
- オブジェクトベースの視点: 1つのダンベルは、赤い端と青い端を持つ1つの図形として認識される。この場合、操作するときはダンベル全体を操作する。
- ブールマップの視点: 「赤い端」を1つのグループ、「青い端」を別のグループとして扱う。つまり、すべてのダンベルの中で「赤い端」だけを選び出して操作するような形になる。
実験1では、ダンベルの端がそれぞれ異なる色を持っているため、ブールマップ理論に基づくと、同じ色の端(たとえば「すべての赤い端」)を操作することが、異なるオブジェクトにまたがっていても可能であると考えられている。これは、オブジェクト全体を1つの単位として操作する従来の理論とは異なる点である。
結果
操作時間は、操作するブールマップの数に比例して増加し、オブジェクトの数にはほとんど影響を受けなかったことを示した。具体的には、次のような結果が得られた。
- 実験1と2では、操作時間はブールマップの数に従って増加したが、オブジェクトの数にはほとんど影響が見られなかった。つまり、2つのブールマップを操作する際の操作時間は、1つのブールマップを操作する場合に比べて長くなったが、操作するオブジェクトの数(ダンベルや円の数)が異なっても時間には違いがなかった。
- 実験3と4では、異なる方向を持つ複数の項目を同時に操作する際、ブールマップ理論が予測する通り、操作時間は方向の数によってほとんど変わらなかった。一方、色の操作では、色の数が増えると操作時間も増加した。
これらの結果から、作業記憶における操作は、オブジェクト単位ではなくブールマップ単位で行われていることが示唆された。また、ブールマップ理論は、方向の操作に関して特に有効であり、作業記憶の操作における空間的構造の役割を強調している。
結論
本研究は、作業記憶の操作単位が従来考えられていたオブジェクトではなく、ブールマップであることを明らかにした。この発見は、作業記憶の操作と保存が同一のデータ形式で行われる可能性を示唆しており、作業記憶に関する従来の理論を再考する必要があることを示している。特に、視覚的認知のプロセスにおいて、オブジェクトではなくブールマップが基本単位として機能することが、今後の研究においても重要なテーマとなるだろう。