わかるとはどういうことか

知的障害のあるお子さんのいる親御さんと面談をしていると,ときどき「この子がどこまで理解しているのか,親でもよく分からない.この子は一体どの程度わかっているんでしょうか」という相談を受けることがある.

これは研究者としては,ちゃんと親御さんが納得するレベルで答えたい,答えるべき質問である.
一方で,この問題は非常に難しい問題でもある.「わかる」とはどういうことかという問題である.

アマゾンで検索すると,「わかる」ということについて,その仕組みや伝え方を解説した本が何十冊も出てくる.私も何冊もそういう本を読んだ.たくさん読んだ中で,私が一番腑に落ちたのは山鳥重先生の「わかるとはどういうことか」という本である.

本に書かれていたことに自分なりに解釈を加えてまとめると以下のような絵になる.

understand

そもそも人間が「わかった」と思うのはどういう状況か.相手(人・本・その他メディア.図中のA)の話の内容を,自分(図中のB)の頭の中で再構成し,整理できたときに「わかった」とおもうのである.

このように考えると,つまり,わかるための前提として,以下の4フェーズが存在することになる.

1.話題提供者(A)の頭(あるいは書籍など)の中に,情報Xが明確に存在する.
2.話題提供者(A)(あるいは書籍など)が情報Xの意味や構造について発信する.
3.受け手(B)がメッセージ(情報X)を受け取る.
4.受け取ったメッセージ(情報X)を頭の中で再構成する

この4番目の,自分の頭の中での再構成ができたとき,人は「わかった」と思うのである.
逆に言うと,「わからない」場合にはこの4フェーズのどこかに問題があることになる.

例えば
1.話題提供者(A)がそもそも情報Xについて曖昧な概念しかもっていない.
2.話題提供者(A)が情報Xについて,上手く説明できない.
3.受け手(B)がメッセージをさまざまな理由から受け取ることができない.
  →例えば,見えない,聞こえない,読めないなど.
  →複数の情報を頭の中で保持することが困難.
4.受け手(B)がメッセージを上手く再構成できない.
  →類似体験の様な経験(記憶)を上手く利用できない.
  →情報の再構成(概念の操作)が困難.

このように4段階に分けるとメリットが生じる.
つまり,これらの4フェーズに沿った支援を行うことができれば,「わかる」ことを支援できるということになる.

ここで重要なことは,わからないということについてAとB双方に原因がある可能性があるということである.大人は得てして「子どもはどうしてわからないんだろう」と考えがちであるが,上記の1や2のように自らのせいで子どもの「わからない」状況を作り出している可能性がある.

さて,ここであらためて冒頭の相談「この子がどこまで理解しているのか,親でもよく分からない.この子は一体どの程度わかっているんでしょうか」について考えたい.

実はこれには2つの「わからない」がある.
(イ)子どもが何かの事柄について「わからない」(親/周囲の大人がAー子どもがB)
(ロ)親が子どもの理解の程度について「わからない」(子どもがAー親がB)

なので,(イ)と(ロ)の2種類について各4フェーズのどこが問題なのか,考える必要がある.ところが,冒頭のような相談ごとについて考える場合,(イ)にばかり注目されがちである.そして,(イ)についてはいくつか対処方法がある.例えば,特別支援教育におけるTEACCHプログラムに代表される「環境の構造化」という手法はそれに当たる.認知・情報処理に困難のある子ども(知的障害や自閉症スペクトラムの)よりもむしろ,その子を取り巻く環境を構造化して整理する(規則や仕組み,ルールを見た目にもわかりやすくしたりする)ことで,認知や情報処理をしやすくするための工夫である.

この「構造化」は非常に有効であるために,ときに手段であるはずの「環境の構造化」自体が目的になり,本来の支援が誰のための支援なのかわからなくなるという問題がある.そのような場合によくみられるのが(ロ)に関する問題である.親が子どものことについてわからないままにとりあえず「構造化すればいいらしい」という表面的な理解で,「構造」に子どもを当てはめようとすることで,逆に子どもにストレスを与える事がある.

しかし,この(ロ)は冒頭の相談にもあるように,本当に難しい.子どもが自分の理解の程度を言語で説明できない場合,特に難しい.そのような場合,その子どもの理解力については,行動観察でもって推測するしかない.しかし,行動観察の専門家でない親にとっては,何をどう見ればいいのかわからない.専門家でもときに誤り,痛い目に遭う.

上記をふまえ,ここに親御さんに役立つ2つのアプローチを以下に示す.

・現状の「わからない」を上記(図)の4フェーズについて,どこで引っかかっているのか,整理する.
・現状の「わからない」を上記(イ)(ロ)に分けて整理する.

整理のポイントが見えれば,子どもの行動の何を観察すればよいのか,見えてくるはずである.そして,その先により具体的な支援が見えてくると考えられる.「この子がどこまで理解しているのか,親でもよく分からない.この子は一体どの程度わかっているんでしょうか」という問いに対しては,そもそも周囲の発しているメッセージが複雑すぎないか,曖昧に伝えていないか,そういうことを抑えたうえで,相手に受け入れられやすい形式でメッセージを伝えられているか確認し,その子どもが,どのようにわかっていないのか(十分な情報が取得できているか,正しく情報を保存できているか.情報が整理できているか,情報を正しく再構成できているか)を検討すればいいということになる.

具体的な支援のアイデアについてはまた今度.