日本LD学会第24回大会自主シンポジウム「学び方の多様性を支える ICTを活用した支援 」指定討論でのコメント備忘録

10月12日に福岡国際会議場で開催された日本LD学会第24回大会の自主シンポジウム「学び方の多様性を支える ICTを活用した支援 ~魔法のプロジェクトとハイブリットキッズアカデミーの実践から~」で指定討論役を務めてきました.そのときの発表者に対する私のコメント要旨を以下にまとめたいと思います.

この自主シンポジウムは魔法のプロジェクトでの実践を通じて,先生方が多様な子ども達の多様な学び方をどのように見つけて支えていったのか,子ども達がどのように自分の「やればできる」を見つけて伸びていったか,についての企画シンポジウムでした.
松江市立意東小学校の井上賞子先生が企画され,井上先生と沖縄県立鏡が丘特別支援学校の澤岻先生,松江市教育委員会の吉野先生,狛江市立緑野小学校の森村先生,株式会社エデュアスの佐藤さんが話題提供されました.

私は指定討論として,これら実践の意義と,先生方がどのような考えを持ちながらそれらに取り組み,子ども達をどのように見て,どのようなデータを取り,どのような介入を実施し,結果として子ども達がどのように変わったのか,を質問しました.
「タブレットを教育現場で使った」教育研究の発表を何度も聞いたことがありますが,多くの研究(とされるもの)が「最初はいろいろあったけど,使ってみたら良かったです」的なストーリーの語りの時間になっているだけのものが多いという印象でした.今回はそうならないようにかなり事前の打ち合わせをしました.

そのようなストーリー語りにならないように,先生方の実践を見ていくうちに,共通するポイントがあるなと気づき,指定討論でそのポイントをまとめてみました.
その場でまとめたために,資料として後に残らなかったので,備忘録代わりにここに書いておこうと思います.

1. 「子供の見立て」のための方法論を持っていること
ベテランの先生ほど,なにか壁にぶつかっている子供を見たときに,それがどうしてなのかという見立てを持っていることが多いです.ここでいう見立てとは,仮説と呼んだ方がいいかもしれません.この子はきっと○○で困ってるんじゃないか,本当は○○なんじゃないか,といった仮説です.今回発表された先生方にはその仮説と,その仮説が正しいかどうかの検証の手段がありました.ICTを活用した支援に限りませんが,この手の支援においては先生の独りよがりになる危険性を除外する必要があります.先生だけが良かれと思っている,という状況を防ぐ必要があります.子供のニーズを探るのは難しいことです.この子はきっとこういうことで困っているんだ,という仮説だけで突っ走ってしまってはダメです.本当にそうなのかという検証と根拠が必要です.仮説がないのは論外です.なければ他の先生に協力を求めるべきです.

2. 実践に客観性・合理性を求め続けていること
実践が本当に良いのか悪いのか,ということを考えるためには客観的な指標が必要です.そもそも良い悪いというのは主観的な評価に過ぎません.結果的に子供にとってどんなメリットがあったのか,実践のコストはどれくらいだったのか,等について客観的なデータがないと,他の先生がそれを実践することができませんし,それが他者から見て良いのか悪いのかの判断もできません.合理的配慮という言葉が教育現場でも浸透してきましたが,客観性がないとそもそもその配慮が合理的かどうか検証することができません.

3. 子供が学習のスタートラインに立てるようにしていること
誤解を恐れずに言うと,うまくいっている実践というのは勉強そのものを教えることは二の次になっています.まずは勉強できるスタートラインに立てるようにすることを重要だと考えているんです.勉強のスタートラインに立つってどういうことなのかというと,教育内容にアクセスできるようにすることです.字が読めないために教科書の内容にアクセスできない子供,話をうまく聞けないために授業に参加できない子供,などいろいろいます.ここで頑張って読みましょう頑張って聞きましょうというように努力に期待しても効果は得られません.人間が何のために努力するのか,という観点が抜けているからです.少なくとも,スタートラインに立つ(アクセスできる)ようにするためには教育側からの物理的な,あるいはルールの調整による工夫が必要です.ICTを使うということはそういうことなんだろうと考えています.

4. 子ども達が結果的に獲得した能力やスキルが「将来も使える」ものであること
支援の現場では,学校から出て自宅に戻ったり,卒業したりしてその場を離れると学んだスキルが使えない,ということがあります.これは本来良くないことです.でも実際はよくあるんですよね,学校ではうまくいってるんですけどねえ…的な事例が.うまくいった実践に共通するのは,子供自身が学校と異なる場所でそのスキルを使って活動の範囲を広げているということです.これは偶然ではないんですよね.それを狙ってるんです,先生が.

5. 周囲を巻き込んでいること
うまくいっている実践に共通することとして.支援・教育・配慮なんでもいいんですけど,その結果として本人だけではなく周囲が変わっていくという傾向があります.その子供が変わることによって,周囲の生徒が変わり,親も変わり,周りの先生も変わる.傾向があるというよりは,そういうことを狙って実践しないといけないんだろうと思います.特別なニーズのある子ども達に共通して見られる「大人になってぶち当たる壁」に,就職先で配慮してもらえないというものがあります.いろいろ話を聞いてみると,配慮を得るための交渉がうまくいっていないケースがほとんどです.交渉していると思っているのは本人だけで,相手からみればただ要求を主張しているだけに見える.逆も同じです.合議が成立しないままお茶を濁す結果になって,本人が損をするということになります.このときに重要なのが,過去(学校に行っていた時代)にこういう方法で,こういうシーンで,ここまでうまくできていた,という経験と客観的なデータです.

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