論文が出ました

医療の質安全学会誌 Vol.10(3) P.269—272 に短報が掲載されました.

WHOドラフトガイドラインに基づいた医療事故調査66報告書の検討 ─非懲罰性について─
喜田裕也,岡耕平,木内淳子

この論文はインターネットやデータベースから入手できる医療事故調査報告書(66例)を材料として,「有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン」の基準に則って,それら報告書を分類・整理したものです.先行研究としては伊藤・信友・吉田(2007)のものがありますが,こちらは対象とした報告書が21例です.この論文で収集された66例はこれまでの研究の中では最も多い例数だと思います.また,2007年に厚労省からの通達が出て医療事故調査報告書の位置づけが変わったため,2007年を境にした前後の比較を行ったのも本研究が最初だと思います.もちろん今回の結果は全数調査による記述統計によるものでもなく,ランダムサンプリングしているわけでもないため推測統計としても適切ではありません.もちろん論文ではその旨を示しています.では,意味のないデータなのか?というとそうではないと思います.「こういうことがあり得る(しかも少なくない事例において)」ということを示したことがこの研究のポイントだと思います.

この研究から明らかになったことは,事故調査報告書の約20%(13/66例)に有責判断の疑いがあり,約5%(56件の事故事例中3件)で事故調査報告書が警察介入の契機となった事例があったということです.一般的には「事故調査報告書なんだから誰に落ち度があったのかはっきりした方がいいのでは?」という意見もあると思いますが,WHOのドラフトガイドラインでは「事故調査報告書はあくまで再発防止のために作成されるべきであり,有責判断を行うべきではない」というポリシーが示されています.この背景には,事故防止はシステムの改善が必須という考えがあります.システムに問題があれば人が入れ替わったとしてもいずれまた事故は起こるという考え方です.有責判断をすると事故原因が個人に帰属され,結果としてシステムの問題に目が向けられなくなるという問題があります.それだけではなく,「有責判断をされるかも知れない」という可能性があることが,関係者からの事実関係の把握を妨げ,システムの改善を阻害するという考え方です.「では『責任』を誰が取るのか?」という意見もあると思います.医療に関する事故では患者が亡くなったり,後遺症が残ったりするケースがあります.いろいろな事例の資料に目を通すたび,心が苦しくなります.ご本人やご家族の方ならなおさらのことでしょう.このテーマについては今回の論文では対象としていません.非常に難しい,重大なテーマです.責任には法的責任(刑事責任,民事責任,行政責任)と社会的責任(患者および世間に対する説明責任)があり,現在の医療事故にまつわるメディアを中心とした議論では両者が区別されずに用いられているような印象を個人的に持っています.WHOのドラフトガイドラインはあくまで「有害事象の報告と学習システム(事故から学び,システムを改善していくことのできるシステム)」のあり方としてのドラフトガイドラインです.個人的には,倫理的なテーマについては別の観点からの議論が必要だと考えています.

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